【第二十五話】碑石

 火の力のうち、少しは手に入れたスレインだったが、火と水の相性は悪い。そのせいもあってそれ以上の力は手に入らない、今のところは。

 だから妖魔の大群が現れた時、スレインは再度、エルーシャの力を借りなければならなかった。エルーシャの神威は、それだけの強さを誇っていたのだ。誓約しなければ、その力がどれほどのものか、天族の性質にもよるから解らない。

「エル、あとどれくらい神威が出来る?」

「解らないな。こんなに妖魔がいるとは思わなかった。ツイナ、ここは火の神殿なんだよな?」

「正確には放置された神殿です。なのでこの長い間に、これほど妖魔がわいていたとは、わたしも知りませんでした」

 ここに足を踏み入れるのは、彼女も久しぶりのことなのだ。水の神殿、地の神殿、風の神殿があるが、スレインはかつて、水の神殿に赴いた時、エルーシャとの誓約はほとんど済んでいた。

 ところが正式に誓約したのは、ほぼ三日前だ。それまでスレインは、天族の力を当てにしなかった。

「スレインさん、右!」

「エル!」

「解ってる」

 三者三様の反応で、スレインは剣を抜いた。これも実用本位の鉄剣で、ほかに銅、銀、金の属性の剣がある。ただ高価すぎて、まだスレインは持ったことがなかった。

「行くぞ」

 スレインが一歩踏み込んで、剣を横薙ぎに払うと、エルーシャの天意が炸裂する。むろん、ツイナも黙ってやられるようなことはしなかった。火の術である程度は傷つけられるが、斃せるまではいかない。

 同じ火の属性だから、致命傷を与えるには及ばないのだ。逆にエルーシャの水の天意では、敵にダメージを与えることもできるし、致命傷も与えられる。それをスレインが追い詰め、やはり水の力で致命傷を与える。

「わたしの力が必要でしたら、いつでも仰ってください」

「火の属性って言うのが痛いな。エル、上!」

 エルーシャが右に跳んでよけると、スレインが一歩踏み込んでエルーシャの詠唱時間を稼ぐ。ツイナも火の天意で援護していた。だがやはり致命傷には至らない。

「ツイナ、下がって。俺とエルの力で何とかする」

「ですが……」

「ツイナの力では、致命傷は与えられない」

 火に耐性があるのだ、ここの妖魔は。だからこそ、人目につかずに跋扈しているのだろう。

「エル、どれくらい時間をかければいい?」

「ここの感じだと、そうだな、一刻は無理だろうから、瞬き二つか」

「解った。俺が時間を稼ぐ。エルはできるだけ強力な術を頼む」

「解った」

 二人が頷きあうと、ツイナはそっと目を細めた。聖剣士のありよう、それが今、ここにあるのだと解った。スレインはそうとは知らず、聖剣士の道を歩いている。

 誓約はしたものの、ツイナは真名を告げてはいない。それが今、こんな負担を二人に強いている。

「アイストルネード!」

 時間を稼ぐスレインの背中を見ながら、エルーシャは天意を発動させた。瞬間、スレインが横っ飛びに躱す。エルーシャの棒術と、スレインの剣。それは確実に妖魔を退けていた。

「この奥に向かってください。そこが最奥です」

 ツイナは決心を固めたように叫んだ。スレインがそれを聞いて、返事もなく突っ切る道を選び、その後にツイナとエルーシャそれぞれ、使うのも難しいとされる天意で続いた。


 奥の扉をくぐった瞬間、また火に包まれた聖壇が見えた。

「これは……?」

「聖剣士の碑石です」

「これが……聖剣士……?」

 伝説上の、それはゆがみが現れた時、出現するという聖剣士の話だ。

 子供達がおとぎ話に語る、聖剣士。ここ数百年、聖剣士は表立っては現れなかった。常にひそかに妖魔を狩り、人々に安寧をもたらせた。

「わたしはかつて、ここで聖剣士の誕生を待ちました。天族の寿命が長いことは?」

「知ってる。じいじが言ってたし、じいじはもう三百年生きてるって言ってた」

「だからです。だからこそ伝説に語られるんです」

 それは同じ天族であるエルーシャも、初耳の話だった。

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