【第二十二話】天族の加護
ツイナの誓約は、かつてエルーシャが行った誓約で、真名を告げないものだった。それでもスレインには文句はなかったし、エルーシャ自身の誓約で、彼は水の力を得た。今はそれだけだった。
スレインを訪ねて、ナディアが来たのは、その翌日だった。
スレインとエルーシャ、それにツイナは、宿の食堂で彼女と会ったが、もちろんナディアに二人は見えない。それどころか、スレインはまだ、火の神器を手にしていなかった。
「スレイン、よかった。昨日、宿のものが君が目を覚ましたと言って訪ねてきたのだが、それでは障りがあるだろうと、今日来たんだ」
「そうだったんだ。うん、ありがとう。俺ならもう大丈夫だよ。それより一昨日、君を狙った暴動が起きたけど、あれは……?」
「わたしが王女であることは、もう知っていると思う。だがそれだけではないんだ」
ナディアの言葉に、スレインはエルーシャを見た。彼も小さく頷く。
「よく解らないけど、話してくれるかい?」
「この街はいま、天使の加護を得られていない。いや、天使というのが本当にいるなら、だが。わたしは伝説上の存在だと思っている。
彼らを祀ることは、ほとんどの聖堂に課せられた役目だと、幼い頃に父上に習ったのだが、わたしの弟、つまり今の幼王は、わたしを煙たがっている。弟が生まれてすぐ、父上は逝去し、弟が王位を継いだのが五年前。それまでは執政官達が横領を企てた頃もあった。
だからこそ、天使の加護がいると、母上は主張し、先年、逝去された。毒殺だというものもいたのだが。わたしは従兄弟に次ぐ、王位継承権第三位。王位に近いものとして疎まれている」
「そうだったのか」
長い話を、スレインは話を逸れさせずに聞いた。それで暴動が起きるのでは、民を巻き添えにするという、その忌むべき行為を憎んでいると解っていた。だがスレインは、それだけではないと考えたのだが、自分は国のくびきを離れて生きてきた。口の出しようもない。
「ナディア、俺でできることがあるなら、言ってくれ」
「君は先日、不思議な術を使った。あの正体を教えてくれ」
ナディアの一言に、スレインは黙ってしまう。
聖堂が天の加護を得るものなら、今はその役目が果たされていないことになる。それで天族のことを話しても、信用してもらうのは難しいだろう。
水の神器は早くから持っていたし、誓約だけでも違う。そしてスレインは今、もう一人、親友の命すら握った状態だ。この状態を説明するには、どうしても彼が捨て子だったということを話さなければならない。
「スレイン、僕のことはいい。彼女のことだけを……」
「エル……」
エルーシャの言葉はありがたい。だが彼とて、無視はできないのだ。スレインが何に悩んでいるのか、エルーシャは解っている。真名をお互いに知り、お互いに誓約する力を持っていた。
だが神威は人間が、天族と誓約することによって、手にする力だ。神威を発動させられない人間には、それは驚異的な力となる。
「人間は、忘れてしまいがちになるんだ。自分だけが、この世界に暮らしていると、思いこみがちになる。俺は昔から、天族に対する感謝を忘れていない。ナディア、それは確かなことだよ」
「スレイン?」
「俺、クレストの村で一人だったわけじゃないんだ。あそこには天族がいた。でもみんなナディアには見えないから、一人に見えたんだ。その天族を見る力を、天華能力って言うんだ。俺はそれを持ってる。それだけだよ」
それだけ、で片づけるのは危険だった。
天華能力は、天族を祀ることで得られると、人間の中では伝わっているが、これは正しくはない。聖剣士、従剣士だけが持つとされている。天族の中では。だからこそ、スレインにはその資質があった。
水の神器は槍、ほかの神器がどんな形をしているのかは、スレインは知らない。
「神を祀る、というのはさ、難しいかも知れない。でも目に見えない力も、その発する何かがある。そう思ってくれないかな?」
「そうだな。――うん、解った。君を信じてみるよ。もう少し体がよくなったら、ぜひわたしの邸にも来てくれ。両親はいないが、君に見せたいものもあるから」
「解った。ありがとう」
退出していくナディアを見送って、スレインは香草茶のボトルから、グラスにその液体を注いだ。エルーシャとツイナの分も。
「どう思う?」
「人の世はややこしいのが常ですわ。ですがなぜ、スレインさんは、天華能力のことを話されたのです?」
「彼女が苦しそうに見えたから、かな。よく解らない。でも懐かしい、そう思うんだ」
スレインの言葉に、エルーシャも迷った。彼はある程度、長老から聞かされていたから。
「元気出せ。遺跡に何かあるのかも知れない。行ってみよう」
「そうだな。くよくよしても始まらないよな」
エルーシャに頷き、スレインは立ち上がった。もう一度、探すために。
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