【第二十一話】聖炎の乙女
エルーシャが視線を向けると、少女はゆっくりとスレインの傍らに膝をついた。
「誓約は初めてですか?」
「ああ。僕もスレインも、今回が初めての旅だから」
「そうですか。異質な力を受け入れたからです。少し……そうですね、二日か三日ほどたてば、自然と目が覚めます」
「君は……天族なのか……?」
エルーシャは心底不思議だった。天族同士なら、あるいは言葉を交わせる。そして誓約した以上、エルーシャの主はスレインだ。彼が水の術を使えるようになったのは、エルーシャの力が影響している。
「ええ。火の天族です。属性によって、神器が変わることも知っていますか?」
「それは知っている。とにかく、スレインを休ませなければ……」
そうは言っても、エルーシャもこの少女も、天族で人間と言葉を交わすことは、今の時代では無理だろう。
「精霊達に運んでもらいましょう」
少女が見ると、火の精霊達が集まってきた。それだけ天族の加護は、精霊の存在にも大きく依存する。
スレインが目を覚ましたのは、一日後だった。水の力を手に入れた代償は、幼馴染を失うこと。覚悟していた。旅立った時から、いずれはこういう日が来ると。
「目が覚めたのか?」
「ナディア……俺一体……?」
「わたしにもよく解らない。スレインの身体が浮いて、この宿に運ばれたんだ」
そこはスレイン達が泊まる予定だった宿だ。もちろん宿泊代は払っていた。というのも、スレインは銅貨と銀貨を持っている。水の天族の村、クレストの村で採鉱をしている同志から、それを譲り受けていたからだ。変わりは、スレインが狩る獲物だった。
「エルは?」
「エル? 誰だそれは?」
ナディアは心底不思議そうだった。
彼女が来たのは、宿から遣いがあったからである。彼女の父と、特徴が瓜二つだと聞いて、ナディアは慌ててきた。彼女の父が身罷ったのは、八年前のことだった。
「僕ならここにいるよ」
エルーシャが言うと、スレインは視線を向けた。一人増えていることに気づいたのは、その時だ。ナディアに見えてはいないことから、天族だと容易に想像がついた。
「火の祭壇にお越しください」
「火の祭壇?」
「聖堂にある祭壇のことです。お待ちしています」
そう言って彼女はその場から姿を消した。火があるところなら、火の属性の天族は、自由に行き来できる。それはエルーシャにも言えることで、水のあるところなら、エルーシャも自由に行き来できた。
「スレイン、もしかして天族の方がいるのか?」
「ああ、そうか、君には見えないんだったよな。ごめん、俺が迂闊だった」
「わたしは君に二度も助けられている。信じるよ」
ゆっくりと体を起こしながら言ったスレインに、ナディアは微笑みを浮かべる。
「多分だけど、火の祭壇ってところに、もう一人天族がいる。俺が一緒に郷を出て来たのは、エルーシャって言う水の天族なんだ」
「では君が呟いた言葉は?」
「それは言えない。俺達をつなげる絆だから」
スレインが言うと、ナディアは少し肩を落としたが、彼には助けられている。だからこれ以上の詮索はよそう、そう決めた。
朝食を摂って、二人は火の祭壇がある聖堂を目指した。その間、ナディアは初めて、天華能力という、特殊な能力があることを教えられた。天族と交流し、その力を借りることで加護を得ると、初めて知った。くどいようだが。
「ではスレインは、ずっとそのエルーシャ様とともに?」
「様って言うか、俺にとっては幼馴染だったんだ。もう違うのかな?」
スレインが視線を向けると、エルーシャは肩をすくめたが、何も言わない。ここで言っても仕方がないからだ。
二人――エルーシャを入れると三人――が聖堂に入ると、昨日から赤々と火が燃え立っていた。
「危ないからと騎士達が消そうとするんだが、全く消えないんだ」
ナディアが説明すると、スレインは祭壇のほうを見た。確かにいる、少女が。
「お待ちしておりました、聖剣士様」
「聖剣士? 覚えがないけど?」
「天族を従え、時にその力を行使できる剣士は、聖剣士と呼ばれます。あなたは水の力を手に入れられた。ですがその代償は大きいでしょう。わたしもあなたに誓約しましょう。まだ真名を告げるわけにはまいりませんが」
それはそうだ。真名は天族にとって、自分の立ち位置を決めるもの。もともとはスレインも持っているが、それは簡単には明かせない。
「俺はスレイン、君は?」
「わたしの名は、ツイナ。そう呼んでください」
それで誓約は終わった。エルーシャと最初に誓約していたからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます