【第二十話】聖炎

 二人がこっそりと交わした誓約を知らず、人々は聖堂の中に入って行った。すぐにスレイン達も中に入り、はあっと息を漏らす。

 エルーシャはともかく、スレインも初めて聖堂の中に入ったのだ。その圧巻たるたたずまいと、中は聖壇に、そして左右くまなく並べられた色付きガラス、それらが陽を照り返して輝いているように見える。

「これが人間の聖堂か。天族とは違うね?」

「ああ。エル、よかったのか?」

「僕が決めたんだ」

 エルーシャの一言に、スレインは幼馴染の覚悟を見た。そしてだからこそ彼は、その覚悟とともに天族の力を手に入れることを、了承した。

「静かに。これよりナディア殿下のお言葉を賜る」

 人々が口を閉ざす。壇上には裏から入ったのだろう、ナディアが立っていた。いつものように栗色の髪をまとめ、頭上に小さな王冠をいただいている。

 先ほどはそれを身に着けていなかった。ということは控室があり、そこで着替えたのか。

「近年の不作から、数々の災厄。皆の不安も王宮には、届けられていて然るべきだった。だがかくいうわたしも、この最近の街の状況を見て、初めてそれを実感した。

 だからこそ、この祭りは必要だと感じた。古来よりの習わしとはいえ、疎かにはできないと感じたのだ。みな、今日この日だけはみなと言葉を交わし、そうして辿ってほしい。己の道を。わたしは切にそれを願う」

 災厄、とエルーシャが呟く。それは各地に散った天族の同胞から、届けられていた一つの報告だった。

「ふざけるな!」

 そう声を上げたのは誰だったか。それを皮切りに様々な声が上がる。物流の独占、不作の作物の占有。それらが王宮がなしてきたことだった。

 聖壇に火がともされる段になっても、それはとどまらない。

「何でみんな、あんなに怒っているんだ?」

「不作の作物だけじゃなく、鉄や塩のようなこまごまとした物資まで、グラスフォードの王宮は占有していると、ほかの天族から報告があったんだよ」

「そうだったのか。なあ、なんか変じゃないか?」

「ああ、操られているな」

 スレインとエルーシャが小声で会話をする。そうして灯されようとした火が、いきなり消えた。それだけではない、あちこちで青白い灯が熾った。

「エル!」

「行くぞ、スレイン」

 二人が頷き、エルーシャが天意で隠していた神器を取り出す。それは長老から、いざという時のために使えと言われていた神器だ。

「リスローズスレイ!」

 神器を受け取った瞬間、スレインはその一言を唱えた。スレインとエルーシャが同化する。神威、と呼ばれる力が発動した。

 スレインの手から水の球が無数に飛ぶ。振り返ると、聖壇を燃やそうとするかのような、青炎が熾る。それもスレインは水の球を飛ばして消した。

「ナディア、下がってて」

 スレインが叫ぶと、呆然とナディアはそれを見る。

『スレイン、このままじゃらちが明かない。一気に決めよう』

「でも妖魔の姿が見えない」

『よく見るんだ。右手に怪しい男がいる』

 エルーシャに言われて、スレインは右手を見た。まるで角を持つかのような、男がうずくまっていた。その男から火が飛ぶ。なるほど、とスレインは頷いて神器を構えた。

「行くぞ、エル」

『ああ』

 スレインが駆けだすと同時に、彼の身体が聖水で満たされた。これが神威の最初の型だ。もちろん、彼らはこの日のために、ひそかに訓練を積んできた。ただ誓約をしなかっただけだ。

「ウォータズブロック」

 スレインが放った水の玉は男を直撃した。それだけではない、エルーシャの神器は槍。その槍の穂先が男を一刀両断にしたのだ。だが妖魔がそれで倒せるわけはなく、二人は分離してエルーシャが後方に控え、スレインが突っ込んだ。右手に持った剣が、男の胴を薙いだ。エルーシャの援護が、スレインに力を与えていた。

 神威を解いても、その力が消えるわけではない。

「何だお前?」

「俺はスレインだ。お前こそ何者だ? 何でナディアを狙う?」

 妖魔が人語を話すのは初めてだが、それでもスレインは剣の手を休めない。袈裟切りに斬ると、一歩飛びのく。エルーシャの判断が助けている。

 妖魔は火に包まれて消えた。つまりは、ここでは逃げたのだ。

「大丈夫かい? スレイン」

「俺はね。エルのおかげで助かった」

「誓約したからね。スレインを助けるのは、僕の役目さ」

「助かる。――そうだ、ナディアは? 街の人は?」

「あの通り」

 視線を向けると、ナディアは兵を指揮して、けが人や倒れたもの達を介抱していた。二人が決めた、ナディアを助ける。とりあえず今は、それを果たしたというわけだ。

「スレイン、体に異常はないか?」

「なんか……すごく疲れた……」

「宿に行こう。休まないと」

「あ……ああ」

 頷いたスレインが一歩、踏み出そうとしたその瞬間、体が傾いだ。

「慌ててはなりません」

 その声に、振り仰ぐと、女性が立っていた。少女と言っていいだろう。エルーシャと同じ、青銀の髪。だがまとう雰囲気は、火。

「君は……?」

 問おうとして、エルーシャは足元に倒れたスレインを見つめた。

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