【第十九話】聖剣祭
聖堂の前の人だかりを見て、スレインは興味を持ったが、エルーシャはずっと悩んでいた。スレインと誓約する。それはエルーシャにとって、すべてと引き換えだ。だが水の神器はすでに、スレインの手にある。
神器がある以上、いつかはそんな時が来る。そう思っていた。長老が与えた、スレインだけの権利なのだから。
「スレイン、ちょっと待って。結界を感じない」
「そう言えば……おかしいな」
これだけ人が集まっているのに、精霊はやはり隅に追いやられているし、人々の中から安心した表情は少なかった。
「入ってみよう」
スレインはすぐに決断を下した。聖堂に入れば、何かが解るかも知れない。聖剣祭というからには、聖剣が収められている可能性は高い。そして聖剣はおおむね、神器だ。少なくともスレインはそう教えられて育った。
「待って。あの精霊に聞いてみよう」
エルーシャが止めたのは、聖堂の隅にいる精霊を認めたからだ。精霊から何か情報を得る。それも天族の能力の一つだ。
スレインもすぐに察して、列から少し離れて、精霊の傍に行った。火の精霊だった。火属性は珍しい。街にいる精霊は、たいていは闇の属性だと思っていたから。
「ごめん、ちょっと聞きたいんだけど?」
「なんだい?」
その精霊は静かに聞き返した。天華能力を持つ人間が、珍しいからかも知れない。今は聖職者でも、それは一握りだと、彼らは教えられてきた。
「この街に住むナディアって少女のこと、何か知ってるかな?」
「ナディア? ああ、この街に住む王女だな。確か王位継承権第三位だったと思ったけど? 彼女、火の聖剣を抜ける一人だと噂されている。俺が知ってるのはその程度だな」
意外と王位継承権に近かったのだ。スレインとエルーシャは顔を見合わせて頷いた。これはどうにかして、ナディアを助けなければ、と。命を落とすなど、彼らにはあってはならないことだった。
「ここには火の聖剣があるのか?」
「ああ、あの聖堂の中にいる。だから俺みたいな精霊も存在できる」
つまりは火の結界の中にいる、ということだ。ちょうど祭りが始まったのか、聖堂に人が入っていく。
二人は最後尾に並んで、その順番を待っていた。精霊に話を聞いた分、時間はかかったが、それでも祭りの中に入って行った。
聖堂の中心には、聖剣が祀られていた。エルーシャがぞくっとしたように、身震いした。
「どうしたんだ?」
「僕は水の属性だからね。相反するんだ」
なるほど、とスレインは納得した。
見ていると、どうやらひとりずつ、聖剣を抜けるかどうか、試されているらしい。
その傍にはやはり人の目には見えない、女性が黙ってたたずんでいた。その目は聖剣に釘付けだ。
「彼女は天族なのかな?」
「おそらくね。どうする?」
「やめとく。今はナディアのことが優先だ」
スレインの言葉に、エルーシャも頷いた。どうしてか彼は、スレインの手を取った。ただし持ち上げることはしない。
「我エルーシャは、汝スレインと誓約せん。わが名はともに、我が身はともにあらん。水とともに、清澄な流れを汲みださん」
静かに唱えられたそれは、誓約の言葉。彼ら天族が、その一生を共にすることを誓う言葉。
だからスレインは驚いて、幼馴染を見た。それから目立たないように、一つ頷く。返す言葉は、やはり決まっている。
「我は汝とともにあり、汝の流れを感じることで大いなる身を見出さん。汝エルーシャ、今こそ我らとともに」
それで誓約は終わった。たがいに解っていた。これから共に生きるのなら、これは必要なことだった。そしてあの聖剣を抜ける人間は、今はまだ現れないことを、彼らは知っていた。
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