【第十八】街の暮らし

 ナディアを守るように立つスレイン。その横に並ぶエルーシャは、当然ナディアには見えない。だがスレインの様子から、自分に危険が迫ったことは察せられた。それはクレストの村で、彼が見えない敵と戦ったことがあるからだ。

「エル、神威行けるか?」

「本気なんだね?」

 スレインの問いに、エルーシャは問い返すことしかできなかった。それは天族と精霊、そして人を結ぶ究極の術。天族の力を持つ人間を生み出す、とまで言われてきた禁忌の術。

 天族と誓約した人間だけが、その力を持って戦うことが出来るのだ。以前、エルーシャはその誓約をしなければ、スレインとともに居られないか悩んでいたが、スレインはそんなことを知るはずがない。

「スレイン、どうしたんだ?」

「――消えた?」

 スレインの目に映っていた炎は消えた。

 静かに剣を収め、スレインはナディアに振り返った。

「ごめん。俺の勘違いだった」

 本当は勘違いと済ませることのほうが危険なのだが、この場はスレインは敢えて勘違いで済ませることにした。

「久しぶり……って言っても、数日ぶりだけど。街に帰っていたんだ? やっぱり」

「ああ、あのあと戻ってきた。今日から聖剣祭だ。祭りを楽しんでくれると嬉しい」

 ナディアは静かに微笑んだ。スレインも微笑み返す。

 だがエルーシャの表情は硬い。エルーシャからすれば、誓約は彼の一生を決めることだ。誓約すれば、その人間の命令は絶対になるし、スレインが黙殺するとは思えない。だからこそ誓約をすることに対して、迷いがあったというのに。

(僕は人間を知らなさすぎるのかも知れない)

 エルーシャはそう考えた。微笑みながら話すスレインを、横目で見ながら。

「街には宿がある。わたしの名前を出せば、いくらかは割り引いてくれるだろう」

「いいの? それって人間の間では頻繁にされること?」

「そうではないが、わたしはこの街で生まれ育った。だからこそだな。命の恩人に対してできることなど、その程度しかない。どうだろうか?」

「うーん、祭りを見て決めるよ」

「いや、それはやめたほうがいいな。祭りには多くの人が集まる。最近は災厄などで、人では減っているが、宿がいっぱいになる前に、決めたほうが賢い」

「スレイン、彼女の言うとおりだ。まずは宿に向かおう」

「解った」

 さすがにエルーシャは、野宿の危険を察していた。スレインが頷くと、ナディアも頷いた。

「じゃ、後で祭りを見に行くよ」

「ああ、待っている」

 スレインが身を翻すと、エルーシャはナディアを見てから後に続いた。


 宿に部屋を確保すると、スレインは息をついた。

「エル、あの炎……?」

「ああ、間違いなく妖魔だ。でもなぜ彼女が狙われる?」

 スレインが目を向けると、エルーシャは別の意味で表情を引き締めた。スレインも同感だ。どうやら彼女は身分があるらしいが、彼らから見たナディアは、善良な少女だった。

 街を回っている間に噂を拾ってみたが、どうもナディアは王位継承権を持つ王女らしい、ということだけが解った。ただ何人かは、スレインを見て驚いていたが。

「ナディアの両親はいないのかな?」

「どういうこと?」

「俺は天族の中で暮らしてきたけど、人間ってやっぱり親がいるんだろ? 街の人も噂していたし。王位継承権を持つなら、王女ってことだよな?」

「そうだね。その辺も後で調べてみよう」

 そう二人で決めてから、宿の店主に事情を話して、スレインとエルーシャは宿から出た。

 通りは祭りの風景を呈している。あちこちに露店が並び、それぞれ武器や防具、日常的な道具などを、宣伝して回っていた。食べ物を売る露店もあり、スレインはどうかにかそれを購入して、通りを歩いていた。

 エルーシャは言葉には出さなかったが、人の街というのは、こういうことなのかと感嘆していた。とにかく店が多い。そしてそれに並ぶ人々も、また晴れやかな顔をしていた。

 だが通りの端を見れば、街から追いやられた精霊が、じっと人を見ている。中には恨みの形相をする精霊も多く、水の天族であるエルーシャは、水の穢れにも気づいたが、スレインにはそのことは言わなかった。

 聖堂に続く道に入り、スレインとエルーシャは足を止めた。

「すごい人だな?」

「ああ、これがみんな祭りを見に来た人なんだな」

 とんでもない行列と、とんでもない人の多さに、スレインは息を当てられたように、足を止めてしまった。そのほとんどの人が、聖堂の前に並んでいた。

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