【第十五話】それぞれの旅立ち

 このクレストの村は、二重の門によって守られている。その門を起点として村中に結界を張っているのが、長老だ。

 少女は黙ってうつむいて歩いていた。何事かを考えるように。

 そして門の前で立ち止まる。

「スレイン、これを見てくれ。君に見せておく」

「何故?」

「君ならこれを役立ててくれるはずだ」

 そう言って彼女はあるものを渡した。そしてスレインが用意した荷物をもって、彼女は早朝、村の門のところに進んだ。

「スレイン、見送りはここまででいい。いろいろと助かったよ」

「うん。ごめんね? みんな人間が珍しいんだ」

 この水の天族の村では、人間はスレインただ一人だ。その事情を、少女は聞かされていない。ただ大変な境遇だったと、そう思っているだけだ。

「スレイン、グラスフォードの街では間もなく祭りがある」

「祭り?」

「ああ、聖剣祭という。グラスフォードのみならず、国内のいたるところで、聖剣士の誕生を祈る祭りだ」

「聖剣祭――聖剣士――俺もいろいろ教えられたけれど、それは初めて聞いたな」

「そうだろうな。今様々な災厄で、国内は混乱している。その災厄を鎮め、平和を祈る祭り。そう言っていいだろう。

 スレイン、それに出てみないか?」

「え? 俺が?」

「ああ。聖剣士がいるとすれば、わたしは君がそれにふさわしいと思う。だから……」

 スレインは背後に、見送りのために集まった育ての親達を振り返る。彼らは何も言わない。おそらく歴史は知っているのだろうが、スレインは今まで聞かされたことがなかったのだ。

「わたしの名は――ナディア」

「え?」

「ナディア・グランフォードという。今まで本当にありがとう。では行くよ」

 少女――ナディアが旅立ち、スレインは胸のしこりを感じた。それは同じ宿命を背負うからか、それとも天族の村で、平穏に暮らしてきた自分の、平和だったのか。

「行くんだろう?」

 エルーシャが家族達の中から出て、スレインに言う。

「エル……俺……」

「彼女が旅立ったら、行くつもりだったんじゃないのか? 僕は付き合うけれどね」

「え?」

「さっきから驚いてばかりだ。聖剣士がどうのとか、そんな話じゃない。君の好きな道を行くことが、じいじ達への恩返しになる。僕はそう思うよ」

「うん、荷物をとってくる。待ってて、エル」

「ああ」

 スレインが自宅へ走っていくと、エルーシャは長老振り返った。

「これでいいんですよね? スレインには思いと力がある。それを貫くためには、一度はここから出ないとならない」

「そうじゃな。わしらは恐れておったのかも知れん。あの子が傷つくことを」

「でももう引き返せない」

「エルーシャ、お前さん一人でどうにかなると思うな。精霊や天族。そう言ったもの達を頼ることは、恥ではない。良いな?」

「はい」

 精霊は彼らの仲間に等しい。彼ら天族は、妖精の部類に入るのだから。支配する力が及ぶのは、水の精霊のみ。大地や火と言った精霊達は、自分の属する属性のもの達にしか、支配できない。

 それでもエルーシャは知っている。スレインは精霊にも好かれていることを。

 駆け戻ってきたスレインは、荷物を右肩に担いでいた。

「行こうか。僕達の未来のために」

「ああ。エル、よろしくな。行ってくるよ、じいじ。またきっと帰ってくるから」

「気を付けるんじゃ。外は妖魔であふれておる」

「うん、大丈夫。俺、自分の目で見たいんだ。俺の街を」

「そうか」

 それが今の別れの言葉。必ず戻ってくる。この村は、スレインの故郷だ。生まれがどこだろうと、彼はこの村で育った。だから帰ってくる。それだけだった。

 ナディアを追うように、二人も旅立った。これから先の不安はもちろんある。だが今は好奇心に任せて、歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る