【第十三話】少女の決意
スレインの用意した食事をとり、少女は黙って彼を見つめた。スレインは手早く道具をそろえ、明日に備えている。狩ったウリボアの皮から、鞄や寝袋などを用意するためだ。
黙ってそれらを行う彼を見ながら、少女は昼間のことを思い出していた。
彼は何かと戦っていた。それは普通に森に暮らす獲物を狩る。そんな戦いではなかったことは確実だ。だがどんなものと戦っていたのか。彼はワイルドボアと叫んで飛び出した。
だが少女にそれは見えなかった。あれが魔物というものなのか。普通に見える動物とは違うのか。だが彼の傷は増えて行ったし、次の瞬間にはそれは癒されていた。まるで彼に味方する神がいる、とでもいうように。
彼は背後を一度だけ振り返った。だがそこには誰もいなかった。隠れている自分の目には映らない神。かつて世界が癒されていた頃、天使は普通にいた、と伝承では語られている。様々な祈りに応え、神は様々なものを伝えたと。
例えば鉱石。鉄を鍛える術を持たなかった人間は、鉄があることすら知らなかった。今でも馬車の車輪は木でできている。だがその芯は製鉄だ。鉄を精製した棒を通して芯にしている。その術は神から伝えられたとされて、人々の間では感謝するためにまつりを開いた。
だがその神からの加護が得られなくなったのは、神話の時代の終わりを意味していた。
彼女はグラスフォードの街に暮らしている。そこでは様々なものが製鉄とともに、様々な形として残っていた。
(わたしは彼を利用しているのではないか?)
そんな思いがあふれそうになり、彼女は背を向けようとしていた。スレインが庇ってくれなければ、見えない敵とは戦えない。スレインはただ、自分をかばってくれたのだろうか。
「スレイン」
だから呼んでみた。と、スレインは顔を上げて視線を向けてきた。
今日のことは、スレインは少女には解らないだろうと思っていた。だから呼ばれてはっとなった。まるで今日のことをなかったことにするかのように、彼はずっと明日の準備をしていたのだ。
「どうかした? 眠れないの?」
純粋に心配して聞いた。今日の敵は彼女には見えない妖魔だ。結界の中には入ってこれないはずの、穢れとも違う、決して相いれない敵。だがそれを言っても始まらない。だから彼は今日の敵のことは、一切触れなかった。エルーシャが来てくれないと、倒せたかどうかも解らない。
「君は昼間、何と戦ったんだ?」
その問いに、スレインは準備する手を止めた。彼女には見えていない。それは天華能力を持たないと、決して見えない。
スレインにとって、天族や妖魔と言った相手は、すでに見えているもので、説明するのは難しい。だから問われても答えられないはずだ。
「ああ、魔物だよ。俺、見えるんだ。危険だから倒した。それだけだよ」
「わたしには見えないのか?」
「うん、そうだね。普通の人には見えないかな?」
それは世間一般で言うことだ。彼には違う。生まれながらに持つ能力が違うのだ。
そして彼は、それ以上に水を操るのが得意だから、その能力を生かして生きてきた。人間でありながら、彼は人間以上の力を持っていたが、それでも傷を追えば痛いし、さされれば血を流す。鍛えているから、人より動けるだけだ。
「もう寝たほうがいいよ。俺は何も聞かないから」
一言言って、スレインは立ち上がって外に出た。彼女を巻き込むわけにはいかない。下界のことを、彼はある程度のことを知っていた。今起きている災厄のことも。だからこそ巻き込めない。いつかはこの村を下りていく。
(エルを巻き込めない、よな? せめてあと何日か、稼げれば……)
そうすれば行ける。人間の国へ。仲間たちと別れるのはつらい。それでも行かなければならない。各地を回るのが夢だから。
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