【第十話】他人と自分
スレインは自分の家に向かっていた。その前に薪だ。風呂も沸かさなければならないし、夕食の準備だってある。求めるものが違うというだけで、ここで迫害されることはない。
「スレイン、どうした?」
「やぁ、シェルン、ちょっと考え事。それより薪をもらっていいかな?」
「もちろんだ。ところであの人間だけど……?」
「解ってる。俺がちゃんと面倒を見るよ」
「ならいいけどな」
シェルンという、仲間に頷いて、スレインは薪の保管庫に入った。いくら天族だからと言って、食事もないとさすがにくたびれてしまう。そこで村では、腕に覚えのある男達が定期的に、薪を集めてきている。
これは共用で、村の中央の保管庫に集められていて、必要な分だけ取りに来ると言ったことをしている。
スレインも毎日、ここに薪を取りに来ていた。
(えっと、確かに九は干し肉にしてた分があるし、野菜は今朝もらったから、鍋でも作るか)
彼の場合は作る料理が、ある程度決まっている。そのせいもあって、消費する薪の量は、ほとんど決まっていると言ってもいい。
家に帰ると、あの少女はいなかった。そういえば広場で見たなと、スレインは薪をかまどにくべて思い出した。
支度が整うと、家を出て少女を探す。見晴らしのいい丘の上に、村は作られている。そのせいもあって、スレインはそれほどかからずに、少女を見つけた。
「スレイン」
「エル? どうした?」
「君が心配になってね。じいじのことだけど……?」
「大丈夫。俺だって解ってる。じいじはああ言うしかないんだ。掟を破ったのは俺なんだから」
「それでいいのか?」
エルーシャに、スレインは頷くことが出来なかった。解らない、というのが本音で、この村の掟には、無条件で従ってはいない、今までも。
だが人間を連れて来たのは、今回が初めてだ。できれば彼女が帰るまでは、その支度を手伝いたかった。同じ人間に出会ったのは、今回が初めてだから。だから今は、我が侭だと解っていても、通させてほしかった。
「仕方のない奴だね、君は」
「そうかもね。俺、彼女を迎えに行ってくるよ」
「ああ」
気を付けて、とは言わない。この村では危険はないから。それはお互いに解っていた。
坂を下りると、少女は泉のほとりにいた。
「楽しめた?」
「ああ、君か。そうだな、なんだか居心地は悪いな」
当然である。付近には天族の仲間が、彼女を見張っている。妙な行動を起こさないかどうか。
「うちに行こう。ここはそんなに危ないとこじゃないしさ、ゆっくりできると思うよ」
「ああ、済まない」
少女を案内するスレインを見て、仲間達はため息を吐いたのを、スレインは知らない。
夕食はそれほど手の込んだものではなかった。簡単に作れるものしか、スレインは作らない。
「食事まで済まない」
「別にいいよ。俺一人暮らしで、たまには誰かいるのもいいな。そういえば君は騎士なんだっけ? どういう国?」
「グラスフォードか? わたしは青騎士団で、王都の防衛が任務だが、……そうだな、一言で言えば今は不穏か」
「不穏?」
「ああ、戦の雰囲気と、謎の疫病で、民が苦しんでいる。それでわたしは、誠実に信じれば、加護を与えてくれるという天族を捜しに来たんだ」
少女の言葉に、スレインは目を伏せた。
天族が加護を与えるのは、人が感謝を覚えた時だ。その感謝はあるいは自然に、あるいは人々の生活に対するもので、無条件に与えるものではない。それだけの強い感謝の念は、人にだけ存在すると言われている。
だがスレインは、それが違うことを知っていた。
「天族を捜して、君はどうするつもりだったの? 一人の感謝なんて知れてるし、どんな願いも叶うわけじゃない。天族はすべてを加護するという、天使とは違うと思うよ?」
「そうだろうか?」
「まぁね。それより今は、君の帰り支度を考えよう?」
スレインは強引に話を持って行った。それが今、彼にできることだった。
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