【第四話】回廊の出会い

 回廊を同時に駆け出し、二人は出口を目指した。入口があるのだから、出口もある。二人はそれを疑っていなかった。

「うわっ!」

「エル?」

 声が聞こえた瞬間、スレインは走り出していた。延ばされた手をとっさに掴む。

「ふう、間一髪」

「どうでもいいから上げてくれ。腕が痛いよ」

「ああ」

 二人で遺跡に潜る理由は、これだ。何か起きた時、二人なら助け合える。同じものを見る仲間というわけではない。幼馴染で親友。それだけでいい、今は。

「よっこらせっと……」

「どういう掛け声だい?」

「意外に重いんだよ」

「悪かったね。君ほどじゃないと思うけど?」

「言ってろ……って、うわっ……!」

「お、おい!」

 足場が崩れ、二人そろって落ちる。エルーシャはしまらない親友にため息をついて、とっさに体勢を入れ替え、手に杖を出した。

 エルーシャは訓練の賜物として、普段は眼に見えない杖を常に持ち歩いている。魔法を使う時、これがあると、集中力が増すからだ。

「解き放て、水よ、清澄なる流れの元、我らの体を守らん。蒼龍の流れ」

 解き放った魔法は、本来ならば防御のためのもの。だがそれは、時として膜となる。

 二人はその膜の中に突っ込んだ。エルーシャの体がわずかに浮き、スレインの体が別の場所に落ちる。派手な音が響き、スレインは水の中にまともに落ち、エルーシャはたたらを踏みながら着地する。

「ふう、何とかうまくいったか」

「いってぇ」

「水の中に落ちたから、クッションになったはずだよ」

「もうちょっと他にやりようなかったのか?」

「文句言うなら、僕一人でこの遺跡から出るけど?」

「わわわ、悪かったよ。それはそうと……」

 スレインが周りを見回す。そこは円形になっていた。

 おそらくは祭壇があった場所なのだろう。樹木の根と、崩れた天井のかけらが周りを支配している。

「祭壇跡か?」

 スレインの考えを呼んだように、エルーシャが呟いた。スレインが腰をさすりながら立ち上がる。

「そう見えるよな?」

「けど、僕達は落ちたんだよな?」

「ああ」

「つまりここは、遺跡の内部、ということか?」

「多分な。探検したいけど、後回しかな?」

「そうなるね。早く村に帰らないと、何が起きたのか、まるで解らない」

 二人が頷きあうと、心を残しながら、その場所から出た。どうやら広間だったらしい。扉を出ると、崩れた廊下があった。

「高っ!」

「さっきも相当だったけどね」

「よく助かったよなぁ、俺達。エルの魔法のお陰、かな?」

「素直に感謝してほしいね」

「悪かったな」

 言いながら、崩れていない廊下を選んで脚を進める。その中、不意にスレインが立ち止まった。エルーシャが不思議そうに親友の後ろに立った。

「どうした?」

「エル、あそこに誰か倒れてる」

「え?」

 スレインの言葉に、エルーシャが眉をひそめた。

【第五話】天族の歴史(一)

 この遺跡は最近見つかったもので、彼らが暮らす村の、すぐ近くにあった。それでも今まで見つからなかった天上遺跡だ。

「天華能力で見えたのか?」

「うん、かなり離れてる。でも間違いないよ、人間だ」

 最後の一言は、高揚感が言わせたのだろう。

「助けなきゃ」

「スレイン!」

 友の言いたいことは解る。この親友は、たった一人の人間として、意識してきたに違いない。だが彼らは、スレインを仲間と認めているし、他の仲間と変わらない態度で接して来た。

 だから孤絶感はない。そう思っていたのだが。

「相手は人間だぞ? 僕達が人間にどんな目にあわされたか、君も知ってるはずだ」

「解ってるけど……」

 それは幼い頃から聞かされてきたこと。

 人間達が天族と共存していたのは、天恍暦が始まってすぐの頃。すでに二千数百年前の出来事だ。最近まで、天族は人間達を見て来た。感謝の心を忘れなければ、天族は加護を与えて来た。そうして妖魔と戦う術を教えて来たのだ。

 だがすべての人間がそうだとは言えないが、人間達は国を自分達で動かしていると思うようになった。器を為して加護を与える天族は、やがて社会から追われ、隠れ住むようになったのだ。

 だからこそ天族は、自分達の属性に応じた集落を築き、そこに隠れ住むようになった。それはここ数百年のことだ。

「頼むよ。俺が責任を持つ。俺……」

「スレイン……」

 気持ちは解る。同じ人間を放っておくことなど、スレインには出来ないのだ。助け合う心を教えられて来たスレインにとって、人間も天族も同じ仲間。

 だからこそ、どこまでも純粋にまっすぐ生きることしか出来ない。

 仕方がなかった。

「……解った。気は進まないけど、僕も手伝う。何か手掛かりがあるかもしれない。奥に進んでみよう」

「ありがとう、エル」

 お節介焼き。とは言葉にしない。解っているだろうから。それでも放っておくことが出来ないのだから、これは育てたほうに責任がある。

【第六話】遺跡の戦い

 奥に進もうとした二人の前に、クモの巣が立ちはだかる。

「うわぁ、嫌かも……」

「誰も訪れたことがないんだろうな。君の剣でどうにかならないか?」

「クモの巣まみれは嫌だなぁ」

「後で磨けばいいだろ?」

「はいはい」

 左腰に穿いた剣を抜きざま、一閃する。その動作はよどみがない。スレインは剣士として育ったのだ。

「べとべとだ」

「砥石を届けてあげるよ。確かユルセンが掘り起こしたはずだから」

「ユルセンって水の属性だよな? 何で鉱脈に詳しいんだ?」

「僕に聞かれても困るね」

 言いながらも第二、第三のクモの巣を切り捨てる。

 ふとスレインが立ち止まった。先に行こうとしていたエルーシャが振り返る。

「どうした?」

「しっ」

 エルーシャの言葉を遮ることなく聞いた後、スレインは静かにするように言った。それは警戒。剣士として、スレインの感覚は研ぎ澄まされている。危険に際しては、エルーシャをはるかに凌ぐ感覚を有していた。

「何かが近づいてくる」

 聞き取れるかどうかの小声。だがエルーシャはそれで危険を察し、杖を出した。いつでも魔法を唱えられるように身構える。

「どこだ?」

「近い」

 場所を聞いたはずだが、スレインの警戒は鋭さを増していくばかり。どこから襲って来るのか解らないのが、魔物の特徴だ。

「右!」

 叫んだ瞬間、スレインは飛び退いた。エルーシャが杖で攻撃を凌ぐ。

「クモの化け物?」

「いや、妖魔だ」

 わずかな会話だけで、相手の正体を探り合う。スレインが解らないものは、エルーシャの知識が必要だ。

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