【第三話】呼び名と真名

 スレイン、それが彼の名だった。もちろん、天族の中で暮らしているのだから、真名は存在する。

 だが彼らはそれを隠して生きて来た。天族の中で、スレインだけが人間だとしても。

 この幼馴染の名は、エルーシャという。これでもれっきとした男だ。

本人は名前がもとで、よく女と間違えられることを、ことのほか嫌がっている。とはいえ、彼らの名は、長老が決めるもので、決まった名は変えられない。

 それ以上に、与えられた真名を隠すという意味もある。真名は天族と人間が契約したのち、その特殊な力を駆使して同化することで力を発揮する、天道開花、という姿を現すものだ。

 この天道開花を果たし、神威という特殊な姿になるには、神器が必要だった。

「なぁエル、これって聖剣士の壁画だよな?」

「伝説に間違いがなければね」

 エルーシャが名前を嫌っていることを知っているスレインは、親愛の情を込めてエルと呼ぶ。そしてエルーシャのほうもそれを心得ているから、スレインのつけた愛称には、一度も文句を言ったことはない。

「スレイン!」

 鋭く呼ばれ、スレインが振り返る。さっきまで晴天だった空が、急激に曇って来ていた。

「天意?」

 それは天族のみが使える魔法。天の意思の代弁という意味で天意と呼ばれる。

「ああ、間違いない。じいじだ」

「まさか?」

 長老が自分の意思で、天意を使うところを見たことは、今まで一度もない。スレインは十七、エルーシャは十六で、それぞれ旅もしたことがない。

 天族の村では、大体が十五歳になれば独り立ちする。スレインもエルーシャも例にもれず、スレインは二年前、エルーシャはつい先年、独り立ちした。

 そうなれば、今度は周りの大人達から、子供扱いされず、一族の一人として、立派に暮らしていけるよう、指導される。

 その中には、むろんスレインには出来ないこともあった。その一つが天意だ。だが出来ないからと言って差別されるわけではない。その他に出来ることを探し、村に貢献すればいいのだから。

 天族は自然とともに生きる。だから自然の中で暮らす。

「ここの探検は終わりだ。村に帰ろう」

「あ、ああ」

 エルーシャの言葉で、スレインは我に返った。そうだ、今は気を散らせている場合ではない。ともに遺跡を探検して来た親友が、その異常さを察したのだ。ここは帰らなければ。そうして長老に聞くのだ、何かあったのかと。

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