第2話

  生まれたての光が水蒸気に透け、白に近い灰色の空を照らす。


  いついかなる時であっても、日の光というものが平等であると。

  そう仮定してみたところで、はたしてこの地方都市にもそれが共通しているかどうかは、少し疑いたいところ。

 

  夜を通り越した、冷えた空気が生まれたての日光に温度を与えられていく。


  ここは灰笛。

  鉄国(てつこく)という名前の国にある、いまいち冴えない地方都市。


  本日の天気は晴れのち雨。

  朝方の終わりと共に青空が灰色に染まり、都市は冷たい雨水に頭から爪の先まで、ビシャビシャに浸されるでしょう。


  すでに雨の気配は都市の上空を漂い始めている。

  鈍色の、濃密なる湿気の気配は海岸沿い、水上工業地帯が林立する区域にも広がりを見せている。


  海沿いの崖、そこはおよそ人間が社会的通年に従って居住をするには相応しくない。


  例えば、白塗りの壁や赤い屋根に丸窓といった、文化的に洒落た住居はその場所に用意されてなどいない。


  その代わりにあるのは、崖の側面からまるで吹き出ものの様に生えている配水管。

  数々の硬い穴、暗い空洞は都市に降り注いだ雨水を排するために、かつての魔導関係者によって設計されたもの。


  いつかの時代には人間に重宝されていた。

  それらの管は昨今の魔術ないし科学技術の発展によって、いつしか役目を降ろされ、意味を剥奪させられた。


  あとに残された、意味もない乾いた空洞たち。


  その内の一本、使われていない排水管の中身。

  とてもまともな感性をしていたら、生活に値するとも環境と判断することはないであろう。


  そんな場所、海沿いの崖の中。

  そこに二名ほどの愚か者……、もとい若い魔法使いが暮らしていた。


  海に面した崖のなか、直線上に円く開かれた排水口。


  円の直径としては、それなりに身長のある男性ひとりならば、ある程度余裕をもって通過できるであろう。


  直線上に延びる、管の側面に魔法使いらの部屋は存在している。


  およそ常識的な住居とは呼べそうにない、それが現時点における彼らの住居であった。


  強引かつ雑に嵌め込まれた窓。そこにかけられた安っぽい、擦りきれてくたびれたカーテン。

  そこへ薄い日光が差し込んでいる。


  かすかな熱量が、部屋の内部で眠る一人の人間を照らし出していた。


  すうすうと、規則正しく穏やかな寝息を連続させている。

  それは子供のように見える、この場所に生息する愚か者……、もとい若い魔法使いのうちの一人。


  まだまだ子供の領域すら脱しきれていない。

  若い人間は自らを魔法使いと自覚し、それを自称している。


  魔法使いの名前をキンシと言う。


  キンシは若い人間で、今は自宅で睡眠の真っ最中であった。


  すうすうと、なんとも穏やかそうに寝息をたてる。

  キンシが少し寝返りを打つ、そうすると寝癖にまみれた黒い毛先と、それと同じ色をもつ聴覚器官がピクリと動いた。


  肌の色をしていない、耳と思わしきそれは獣のような形をしている。


  ほのかに丸みをおびた三角形、それがまるで子猫のように均等な位置関係を結んでいる。


  耳がまた動く、そうするとまた毛先に触れる。

  だが先ほどまでの黒色とは別に、一部分に限られた灰色の髪ががするりと空気にさらされていた。


  灰色はほんの少し、一房ほどしか含まれていない。

  だが墨汁のように黒々としたキンシの頭部において、輝きは微弱ながらも確かな存在感を放っていた。


「……」


  キンシは寝息を連続させる。

  眠り続ける、その姿はさながら時間という運命を真っ向から否定しているかのようであった。


  もうそろそろ覚醒を起こさなくてはならない、そうしなくては因果律の元に「遅刻」という悲劇が訪れる。

  にもかかわらず、キンシの眠りは水平線よりも遠く、どこまでも広がり続けている。


  と、そこへ一つの足音が接近してきた。


  眠る魔法使いへと近づく、それは青年の姿をしていた。

  まるでキンシの持つ髪色と相対するかのように、彼の毛髪は雪のようにはっきりとした白色をもっていた。


「先生」


  青年がキンシに向けて話しかけている。

 

  彼の名前、呼称されている名称はトゥーイと言った。

  彼はキンシと共にこの場所で暮らしている、言うならば同居人の関係性にあたる。


  トゥーイはその紫色をした瞳で、キンシをじっと見下ろしていた。


  目線はひどく無機質なもので、少なくとも外見上ではとても感情を読み取れそうにない。


  見ている先、ソファーのようでとても寝心地が悪そうな寝所に、キンシは体重と存在感の全てを預けている。


  彼はキンシの寝息に耳を傾ける。

  やはりというべきか彼の耳もまた獣のようで、それはちょうど柴犬のような具合となっていた。


「先生」


  トゥーイがもう一度キンシに呼び掛けている。

  どうやらそれが、青年におけるキンシの呼び名らしい。


  もう一度読んでみると、今度はキンシの方から返答と思わしきものがゆらゆらと伸びてきた。


「ううう……」


  まずはうめき声が一つ。


「分かっている、朝なのでしょう?」


  そして吐き出された言葉とは裏腹に、次の瞬間には再び寝息のリズム。


  寝言だったのだろうか。

  眠る子供をとりあえず放置することにして、トゥーイは再びキンシの元から離れる。


  朝食制作の途中につき、あまり長々と寝顔を拝借するわけにもいかなかったのだ。

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