灰笛の愚か者は笑う (魔法使い的少女と王様じみた莫迦野郎または如何にして青いバラが椿の言葉を誤解したか)
ハルハル(春a裏)
第1話 彼はこの世界について語ります
話を聞いてほしい、少し長くなる。
テメエの話なんざ聞きたくない、聞いている暇がない。こっちは忙しいんだ!
と、言う人はぜひともこの話を読み飛ばし、さっさと次の事項へと進むことを強くおすすめする。
……。
ちょっと強気に出てみたが、どうしよう、早くも軽く後悔し始めている。
目新しさを狙ったつもりなのだろうか?
俺自身にもよく分からない。
しかし後には引けない、せめて己の行動に必要最低限の責任を持ちつつ、語り(プロローグ)を再開する。
えっと、まずは……自分の所在地について。
昔々、などと時間の経過に思いをはせる必要もなく、もれなく現代の時間軸の話。
あるところに、灰笛はいふえという名前の冴えない地方都市があった。
……説明に関してはこれ以上語ることは無い。
のだが、しかしながらこれではあまりにも味気ない。
ので、もうすこし具体的な説明。
灰笛はいふえとは名前であり、地名でもある。
鉄てつの国と呼ばれる国家ないし文化圏の内側に組み込まれている。
ちょうどタツノオトシゴのような形をした国土を、天高く大気圏のあたりから俯瞰して眺めるとして、ちょうど中央部の辺り。
そこに灰笛はいふえと言う名前の都市があった。
そんなありふれた、この世界の何処にでもありそうな。
冴えない地方都市の一つ。
複数の区によって構成されるこの都市には、世界でも有数レベルの「傷」がある。
「傷」とは?
はて、………何と言うべきなのだろうか?
それは例えば大規模な魔力的現象、限りなく自然現象に近しい。
だが雨だとか、風だとか、とはまた種類の異なるモノたち。
とりあえず、安心して暮らすにはすこし厄介な存在だと思ってくれればいい。
とにかく、その管理は古の時代よりこの世界の人々にとって重要な意味を有していた。
支配はすなわち権力であった。
それはこの世界にも共通している。
巨大な、災害じみた問題点がありながら。
しかして、その都市の総人口は二百万を超えるメガシティであった。
都市の主要産業も当然のことながら問題点に関連した事業であり、その生産額は約十兆今、ちょっとした小国なら優に凌げるレベルとなっている。
しかし例の如く問題点に関するトラブルも多数報告されている。
とりわけ、「彼方」と呼称される規格外な生命体、怪物じみたものたちが住民、旅行客、サラリーマン、オフィスレディー、社長と部下、子供と大人、女と男、人間あるいはそれ以外。
とにもかくにも、この都市にはそこかしこに怪物が息を潜めている。
怪物というのは、有り体に言えばモンスター。
彼らは何よりもまず、この世界にいる人間を食べようとする。
それは仕方の無いことらしい。
怪物がそれぞれに考えていることなど分かりようもないので、あまり確かなことは言えないが。
とにかく彼らは人間が食べたい。
食べることに、掛け替えの無い喜びを覚える。
快感を覚え、それらは強力な依存性を有している。
ここまで書いていおいて、自然と肌が粟あわ立ってしまうのは、やはり被食者としての本能なのだろうか?
いや、もしかするとこれはただ理解が出来ないが故の不快感に過ぎないのかもしれない。
人間を食べたがるものに共感は出来ない、今のところは。
何よりも、常々疑問に思うのだが、はたして人間の何がそんなに美味いと思えるのだろうか?
確かに現時点で、この世界で人間が一番魔力をもっている。
魔力、と一般的には呼称される栄養素をことさら必要とする彼らが、人間を捕食対象として考える。
そう考えてみると、あり得なくはない様な気がしてきた。
だが幾ら理屈をこねてみた所で、それでも人間というこの世界で最も気持ち悪い生き物を食べたいなどと思えない。
やはり、彼らの思考はやはり俺には理解し難い。
なにはともあれ。
怪物に関しては灰笛内外に広く問題視されているが、今の所具体的な解決案が発表された情報はない。
開発の進んだ世界ではあるが、風邪に特効薬が見つけられないように、怪物と人間の境界線が融合する見込みはまだ無い。
怪物は恐れられるものであって、彼らが人間の安心を害したとき。
そのときに、俺のような魔法使いが駆り出される。
魔法使いについて、と考えようとしたところで俺は時計の針を見ずにはいられなかった。
しまった、余計なことを書いていたらこんな時間に。
報告はここまでにしておこう。
これで切り上げよう、今日はここまでだ。
これ以上続けたらキリが無い。
終わりを迎えるまでに夜明けが頬と目蓋に熱を灯すだろう。
夢が覚める、夜の国はもう終わりだ。
あの子が嫌いな朝がやって来る。
それは仕方のないことだ。
俺は文章を書く手を止めた。
そしてまばたきを一つ、作成したものについて観察をしてみる。
我ながら、とてもじゃないが他人に見せられるようなものとは呼べなかった。
見れば見るほど、読めば読むほどに、胸のうちに累積するのは情けない後悔ばかり。
いたたまれなくなる、自分に対しての憐憫が、卑下の心が発芽する。
青々と力をもつ葉脈が、ついには削除の指を枝先へと実らせんとした。
だが、結局はなにもできないまま、なにも変わらないままで目を閉じるだけだった。
もしもこれを、他の誰かが読んでいたとして、はたして俺はきちんと此処について説明できたのだろうか?
自信は全くもって無い、笑えるぐらいに皆無だ。
だって、何故なら。
誰のためということもなく、自己満足のために言い訳を皿の上に並べる。
正直なところ俺は未だにこの都市、灰笛はいふえのことを理解しきれていないのだ。
……。
それでも。
ただ一つだけ、一つだけなら自信を持って言えることがある。
ただの光景、風景描写。
記憶の中にある、その都市の名前。
灰笛、はいつも雨に濡れていて、そして、
そして、その場所は俺がこの世界で一番愛している人が、この世界で一番好きだと思うこと。
だから、俺もこの場所を愛さなくてはならない。
例え報いなんてものを返してくれなくとも、行為を止めることはできない。
許されないのだ。
それが、それだけが俺の記憶と肉体を以て断言できる、唯一の言葉だ。
それだけの事。
それぐらいしか分からない、何も言えそうにない。
……。
まあ、どうでもいいか。
結局無駄な事ばかり書いてしまった、もっと文章を洗練する技術が欲しいところだが……。
そんな事よりも、俺の願望などお構いなしに日常は始まる。
この世界の都市の朝は結構早い。
大概の区域では雲の間から覗く日の光が地面を乾かすより先に、人々はひっそりと、だが確かな音を発して活動を始める。
空を刺す煙突、はもうだいぶ少なくなったが、しかし朝食を生み出すために発せられる蒸気は、相変わらず無機質な家々から漏れ出し、灰笛の大気に溶けて消える。
煙があればそこに人がいる。
これは俺の持論だ。
文章を綴るようになってからだいぶ時間が経つが、いつの時代も世界と言うものは停止する素振りすら見せない。
人の営みとはその思念そのものが一つの生命体のようで、常に予想外だ。
意外性たっぷりの両手は人の領域を広げ、やがてこの世界を神と精霊から奪いとるまでに至った。
嗚呼。
寝息が聞こえる、あの子の間抜けな寝息が聞こえる。
あまりにも弱々しい、夜と眠りへの執着が呼吸の音色へと膨らむ。
微かなリズムの向こう側、部屋の外では生活の音が始まろうとしていた。
遠く、遠く離れた所で、電車が線路を噛み潰す摩擦音が聞こえる。
今日もここで「怪物」を食べるための方法が考えられているのだろうか。
金属の音色に反応して、この部屋の主が少し呻く。
声が聞こえている。俺の耳、聴覚器官に届くそれは俺の知っている声、にとてもよく似ていた。
だが同じではない、俺は期待しようとしたことをすぐに諦める。
……。
そろそろ準備をしよう。
朝ごはんの準備だ、今日の味噌汁の具は何にしようか。
俺は、俺が俺であると自覚している、自分自身が立ち上がる。
まばたきを数回ほど繰り返し、そして軽く背伸びをした
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