第21話

「彼は私に会いにきてくれたの。お千代さんのこと、忘れようとしてる。だから、彼の前に出て来ないで!」


ローバさんはお千代さんを見下ろし、「ウーッ!」とうなりました。


お千代さんは何も言わず、また一歩、下がりました。


「好きだったら、ローバさんみたいに自分からアタックすればよかったのに」


チッタさんが、お千代さんのそばに寄りました。


「あの人ね、いつもあなたのこと見てたの。知らなかった?」


お千代さんはチッタさんを見つめていました。


「チッタさんまで、なんで事実じゃないこと言ってんだ?」


モー太郎さんが首をひねりました。ローバさんもチッタさんも、嘘をついています。


「二人して、嘘つかないでよ。わ、私のせいで、よっちゃんが辞めたっていうの?」


声を震わせながら、お千代さんが言いました。


「辞めたのは、よっちゃんの意思よ。悪いのは私ですって言ってたじゃない!」

「そうですね。よっちゃんさんが辞めたのは、お千代さんのせいじゃありませんよ」

「シープちゃん!」


ローバさんとチッタさんが私を見ました。私はローバさんの横に行きました。


「人間の世界に詳しいお千代さんなら、赤ずきんちゃんの話、わかりますね?」

「も、もちろんよ。そんなん、人間の子供なら、誰だって知ってる話だもん」


お千代さんは、私と目を合わせず答えました。


「オオカミは、赤ずきんちゃんを食べたことで、悪役になりました。みんなに怖いとか、悪いやつだと思われてしまいました」

「赤ずきんがオオカミを食べたのよ!いい加減なこと、言わないで!」


お千代さんは叫びました。


「お千代さんも、よっちゃんさんを食べちゃったんです。ただ、それだけです。」

「その結果、シュンタロウさんに嫌われたってわけか」


えっ、と男の人が山田さんを見ました。山田さんは、白い歯をお千代さんに見せました。


くるりと、お千代さんが私たちに背を向けました。私は、全力疾走でお千代さんの前に行きました。


「お千代さん、メリーさんに謝ってください。メリーさんは今、とても傷ついています。ずっと、お千代さんを信じていたから」

「シープちゃん。勘違いしないで。よっちゃんを辞めさせたのは、羊飼いのメリーさんよ。私は、そんなことしたら自分が後で苦しむだけよって忠告したけど。メリーさんがあの人とよっちゃんの仲を勝手に疑って嫉妬したの。メリーさんは、あの人のこと、好きだったのよ」


私は悲しくなりました。お千代さんまで嘘をつくなんて!


「あの」


男の人が走ってきました。私たちの会話を山田さんから聞いたのでしょうか?男の人が私の隣に立つと、お千代さんは顔を45度に傾け、男の人を上目遣いで見ました。


「どうしても、一言、言いたくて。僕は、あなたが嫌いです」


みんなが一斉に男の人を見ました。それから、私たちはお千代さんを見ました。お千代さんは、銅像のようになっていました。


「僕は、物語に出てくるオオカミが嫌いです。でも、一番嫌いなのは、弱いものをいじめ、自分の力を必要以上に誇示し、自分より力が強いものには立ち向かわず、都合の悪いことや面倒なことは権力を振りかざして弱いものに押し付ける、あなたのようなオオカミです!」


お千代さんの目が釣りあがりました。黒い毛が、針のように尖ってきました。体をブルブルと震わせ、うーっと小さな声でうなりました。


「あぶないっ!」


ローバさんが飛び出しました。と同時に、お千代さんの体がばったりと横に倒れました。


「あ、アタシ、お千代さんに何もしてないわよ!彼を助けようとしたらね・・・」


ローバさんはブルンブルンと首を横に振りました。


「や、山田さん…。お医者さんを呼んだほうが」

「ああ、いいっすよ。そのままで。シュンタロウさん、事務所に行きましょう」


青ざめた男の人に山田さんは笑いながら近づきました。


「よくあることなんスよ。放っておけば、大丈夫ですから」

「え?でも、オオカミは?」

「気を失っているだけです。目を覚ましたら、勝手に自分の部屋に戻っていきますから。じゃ、みんな、行こっか?」


はあい、と返事をして、私たちは山田さんの後について、その場を離れました。そう、お千代さんを残して。

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