第15話

「よっちゃんって、お父さんの娘さん・・・。要は、お嬢様なんですか?お嬢様!」

「お嬢様だなんて、止めてください。メリーさん。もう、サンデーサーカスも父もなくなってしまったんですから。私はお嬢様じゃありません」

「でも、私には・・・」


メリーさんの声が涙に包まれて聞こえなくなりました。


「よっちゃん」


牧場主さんが、よっちゃんさんを呼びました。


「よっちゃんは、田中じゃないか?確か、お父さんは・・・」

「父が亡くなってから、母の姓を名乗っているんです」


よっちゃんさんは、牧場主さんの前に進み、


「社長、シープちゃんを引き取ってくださってありがとうございます」


丁寧にお辞儀しました。


「い、いや・・・その・・・。君のお父さんには、いろいろとお世話になったので。これぐらいしか、恩返しができないんだけどね」


そう言うと、牧場主さんはうつむきました。


「そんなことありません。サーカスにいた動物は、みんな死んだって父から聞かされていましたから」


よっちゃんさんは首を軽く左右に振りながら言いました。


「違いますよ。お嬢様!」


メリーさんが私をよっちゃんさんの方に連れて行きました。


「お父さんは、動物は一匹も殺していません。他の動物園やサーカス、それから学校とか幼稚園に動物たちを引き取ってもらいました。私、シープちゃんから聞いたことがあるんです。サーカスの最終公演が終わった後、お父さんは動物たちを全部集めてこう言ったそうです。『明日からみんなとは、一緒に暮らせない。でも、お前たちの命は俺が守る。俺の命に代えてでも』って。お父さんが動物はみんな死んだってお嬢様に言ったのは、お嬢様にサーカスでの生活を1日も早く忘れてもらうための嘘だったと思います」


よっちゃんさんがゆっくりと、私を見ました。私は「めー」と、いい声で鳴きました。よっちゃんさんが、ゆっくりとしゃがんで顔を私に近づけました。


「シープちゃん、あなたがサーカスにいた羊だったのね。生きてて良かった。生きていてくれて、本当に良かった」


よっちゃんさんは、私をぎゅうっと抱きしめました。


「ごめんね。本当はね、あなたと一緒に暮らしたかった。でも、動物を飼うことができない家に住むことになって・・・。お父さんから、あなたが死んだって聞いたとき、涙が止まらなかった。心の中で、何度もごめんねって謝ったの。悲しい思いさせて、つらい思いさせて、本当に、ごめんなさい」


私の体は、よっちゃんさんの温かい涙に包まれました。よっちゃんさんに「謝らないでください」と言いました。


「あのー、お嬢様?私のこと、気づいていたんですか?」


メリーさんが、恐る恐るよっちゃんさんに尋ねました。よっちゃんさんは、涙をふきながら


「はい。・・・でも、声をかけられませんでした。新しい人生を歩いているメリーさんに、サーカスのこと話してはいけないのかな、と思って。過去を思い出させることで、未来に向かって生きるメリーさんの邪魔をしてはいけないと思ったんです。メリーさん、さっきの歌、父が見たら、喜ぶと思いますよ。『メリー、相変わらず、いい声してるなあ』って。父はメリーさんの声が大好きでしたから」


「お嬢様、ごめんなさい。私、私・・・」


メリーさんの目から、ぽろぽろと大粒の涙が落ちてきました。


「いやあ、あなたが、サーカスの歌姫でしたか」


あごひげのおじさんが、泣きじゃくるメリーさんのそばに近づいて、ハンカチを渡しました。


「実にすばらしい声ですね。小さかったコイツを連れてサーカスへ通った頃を思い出しましたよ」

「父さん。新作で、歌手の役はないの?合唱部の先生とかは?」


男の人があごひげのおじさんに言いました。


「そうだな。考えみるよ」


おじさんは、メリーさんに名刺を渡し


「あなたにぴったりの役がみつかったら、必ず、声をかけます。それまでは、私の名前を忘れないように」


と、笑いました。メリーさんは軽く頭を下げて、渡された名刺を見ました。


「スドウカンタ!え、あの、映画監督の、スドウカンタ監督ですか?そして、そちらにいらっしゃるのは、ご子息の・・・スドウシュンタロウさん?」

「ははは。そんなに驚かれるほどのもんじゃありませんよ。売れない映画監督と」

「売れない役者です」


おじさんと男の人は、お互いの顔を見て笑いました。お千代さんが二人に近寄りました。男の人の前で止まると、くるりと男の人の方に顔を向け、ウインクしました。


「社長、放し飼いにしちゃあ、まずいですよ。シュンタロウさん、オオカミにガン飛ばされてビビッてますよ」


山田さんが牧場主さんにささやきました。

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