第11話
一週間後。
あの男の人が牧場にやってきました。今日は、もう一人、別の男の人と一緒です。
「みんな、しゅ~ご~」
山田さんの声に、私たちは全員、集まりました。
「へえ、よく教育されていますね」
男の人より年上に見える男の人は、あごひげをなでながら、そう言いました。
「山田、山田。社長がいないのに、勝手に俺たち集めて大丈夫なのか?」
モー太郎さんが、尻尾で山田さんをつつくように叩きました。お客さんが来たときは、私たち動物は全員集まることになっています。
が、その時は必ず、牧場主さんとお千代さんがいます。
「大丈夫っすよ。昨日、オレ、あの二人に二時にお客さん来る事、伝えてありますから。一時に飯食いに行った二人が、二時までに帰ってくると思いますか?」
「来ないねー。いつも、三時ごろだもんな」
「ま、社長だけ、ちょこっと戻ってきて、お客さんにあいさつしてくれたら、十分なんスけどね」
ローバさんは、男の人との再会を喜んでいます。
「ローバさん、元気でした?」
「ヒヒーン(もちろんよ!)」
男の人がたてがみをなでている間、ローバさんは目をつぶっています。
「おとなしいね。このロバ」
あごひげのおじさんが、男の人に言いました。
「そうでしょ?ここの動物は、みんなおとなしいよ」
「あ、一匹だけ、口うるさいのがいますよ」
山田さんの一言に、男の人とおじさんは「え?」と声を揃えて驚きました。
「もうじき、帰ってくると思いますけどね。社長と一緒に。あ、大したもんじゃなんで、驚かないでください」
山田さんは、あごひげのおじさんにそう言いながら、名刺を渡しました。
「え?」
今度は、山田さんが驚きました。あごひげのおじさんから渡された名刺を見て
「スドウカンタって、映画監督の?お父様、なんですか?ドーリで似てると思ったら!」
と、今まで聞いたことのない声で言いました。あごひげのおじさんは、今までひげをなでていた手を頭に動かし
「いやー、息子がお世話になりました。今日は、そのお礼をしたくて親子でお邪魔しました。お忙しいところ、申し訳ありませんな」
と、言いました。ローバさんのたてがみをなでながら、男の人が
「親父がどうしても、連れってくれって、うるさくて。山田さん、お仕事の邪魔になるようでしたら、遠慮なくおっしゃってください」
と、言いました。
「そんなことないですよ。お客さんが来てくれた方が、みんな、喜びますから。あ、今、よっちゃん、呼んできますね」
山田さんがよっちゃんさんを呼びにいっている間、あごひげのおじさんは、男の人に
「よっちゃんって、誰なんだ?お前のガールフレンドか?」
と、聞きました。
「違うよ。僕の恋人は、ローバさんだよ」
突然、ローバさんが今まで聞いたこともないような声で鳴きました。
「明日、死ぬな」
モー太郎さんが、つぶやきました。
「モー太郎さん、変なこと言わないでください!」
私は、ローバさんに聞こえないように気をつけながら、モー太郎さんに言いました。
「好きな人から恋人だって言われたんだよ。この世で思い残すことは、もう、ないだろう」
モー太郎さんは、真面目な顔して答えました。
「やだな~。ローバさん死んじゃったら、アタシが、この牧場でおばあちゃんになっちゃうじゃない」
「花子さんまで!ローバさんは死にませんっ!」
私の耳に、あごひげのおじさんの声で「サンデーサーカス」という言葉が入ってきました。私が、この牧場に来る前にお世話になったサーカスです。何年も前に、そのサーカスがなくなってしまいましたが、サンデーサーカスを覚えている人がいて、私はちょっぴり嬉しくなりました。あの人たちと、お話がしたい。そう思った私は、ローバさんの近くへ移動しました。
「で、その、よっちゃんという子が?」
あごひげのおじさんが、男の人に向かって話していました。
「そうなんだよ。僕がサンデーサーカスの話をしたら、急に泣き出して」
「お父さんのこと、思い出したのか?」
「いや。サーカスのこと、覚えてくれる人がいて嬉しい、って。・・・あ、ほら。あの子。山田さんと一緒にこっちに来ている子」
男の人が指差した方を見ると、よっちゃんさんが山田さんと話しながらこちらに近づいていました。
「そうか。あの子が、サンデーサーカスの団長の娘なのか」
めめめめめめー!
よっちゃんさんって、団長さんのお嬢さん!
私は、声を出すのを忘れ、しばし呆然としてしまいました。
思い出しました!あの時、よっちゃんさんが、バケツを振りまして暴れる山田さんから私を守ってくれた時、「シープちゃん大好き」と抱きしめてくれた時のにおいは、お母さんのにおいじゃなかった。サンデーサーカスがなくなり、私がサーカスを離れるとき、
「育ててあげられなくて、ごめんね。あなたのこと、絶対、忘れない。だから、天国に行っても、私のこと、忘れないでね」
と、泣きじゃくりながら私を抱きしめた、団長さんのお嬢さんのにおいだったのです。
よっちゃんさんは、私が生きていることを知りません。私は死んだことになっているのです。
私は、メリーさんを探しました。
メリーさん、よっちゃんさんが団長のお嬢さんだってこと、知っているのかな?
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