第10話

牧場主さんは、私の顔を覗き込みました。


「よっちゃんさんが、ですか?」


私も、牧場主さんの顔を覗き込みました。


「そうだ」


牧場主さんの声が、いつもより怖いと感じました。


「男って、山田さんのことですか?」

「山田だったら、俺ははっきり、山田とデートしてるって言うよ。最近、若い男が、この牧場に出入りしてるだろう?それも、よっちゃんのアルバイトの日に」


私は、牧場主さんに怒った顔をみせないように、ちょっとだけ、下を向きました。探偵ごっこしてるときの牧場主さんは、嫌いです。


お千代さんが来てから、牧場主さんは、二人で探偵ごっこを始めました。「このトラブルの犯人は」「あの客の性格は」などと二人で予想し、それを確かめるため、私たちに質問するようになりました。私たちが、二人の考えていた通りの答えを言うと


「やっぱりそうだ。そうだと思った」


と喜び、反対の答えを言うと


「それは、お前の考えだろう?真実はこうなんだ」


と、自分たちの意見を述べます。こちらの話を聞いてくれることはありません。


私は、なんと答えてよいか悩みました。よっちゃんさんと男の人がお話をしているのは本当ですが、デートではありません。牧場主さんは、あの男の人のことをよく思っていないようです。あの男の人を、この牧場から追い出そうとするのかもしれません。あの男の人がいなくなったら、ローバさんは本当に病気になってしまうかもしれません。


「で、どうなんだ?よっちゃんは仕事中に男とデートしてるんだろ?」


牧場主さんが、同じ質問をしました。


「よっちゃんさんは、仕事中にデートする人じゃありません。かわいいから、お客さんから人気があるんだと思いますよ」

「じゃあ、男の方がよっちゃんに言い寄っているのか?」

「イイヨッテイルってなんですか?」

「いつも、男の方から話かけているってことだ」


ここで、「話かけている」なんて言ったら、牧場主さんは「やっぱりな」と言うと思いました。


「山田さんも、よっちゃんさんも、自分たちからお客さんにあいさつしたりして話しかけたりしてます。お客さんから話かけられたら、笑顔で答えています。どっちが言い寄っているのか、私にはわかりません」


牧場主さんは、しばらく、「んー」とうなってから


「なるほど。そうか」


と、私の頭をなでながら、答えました。


「みんなは、よっちゃんさんが男の人と仕事中にデートしてるって言ってるんですか?」


私は、牧場主さんに聞きました。


「お千代とメリーは、仕事中に二人きりで楽しそうにおしゃべりしてるって言ってるんだよ。でもな、山田も他の動物も、メリーが就業時間中に、あの男に言い寄っているって言うんだよ」

「メリーさんが?・・・へえ、メリーさんも好きなんだ」


牧場主さんの眼鏡が光りました。


「シープ。メリーさんも好きだったんだって、どういうことだ?よっちゃんと、あの男が仲良くしているのを、メリーが嫉妬しているっていうのか?」

「めめ?」

「とぼけるな。お前、確かに、メリーさんも好きなんだって言ったぞ。お千代は俺のこと年寄り扱いするけど、俺はまだまだ若いつもりでいるんだ。耳だって衰えていない」


ローバさんのほかにメリーさんもあの男の人が好きだったんですねと、牧場主さんに言えません!牧場主さんは、よっちゃんさんとあの男の人のことを勘違いしています。どうしたらよいでしょう?


私は辺りを何度も見回し、右の前足で牧場主さんを自分の顔の近くまで近寄るように合図をすると、ささやきました。


「お千代さんが、その男の人ことを好きだって、メリーさんから聞いたんです。でも、メリーさんも好きだったんですね」

「そうなのか?!」

「シーっ!牧場主さん、声が大きいですよ。この話、ほかの動物たちは知りません。もちろん、山田さんも」


私は前の右足で、牧場主さんと自分を指し


「一人と一匹だけの内緒の話、ですよ。ほかの動物や山田さんには話さないって約束してくださいね」


今、ここで思いついたウソだから、誰も知っているはずがありません。


「おう、わかった」


牧場主さんが右手の親指を立てて、ニヤリと笑いました。


「ウソついたら、アボカドサラダ1000皿食べさせてくださいね」

「いや…ウソついたら、俺がハリセンボン飲むよ」

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