第8話

「ち、ちがいます・・・よ。や。山田さ・・・ん。私は、その、やま・・・さんに、おねがい、こと、が・・・ありまして」


私は息を切らしながら、山田さんに、男の人にローバさんの気持ちを伝えて欲しいと頼みました。そして、よっちゃんさんに男の人と恋人同士なのかを聞きたいと話しました。ローバさんは私たちから離れたところで、男の人が差し出したニンジンをおいしそうに食べています。


「なんだ。ニンジンがほしくてダッシュしたんじゃ、なかったんだ」


私は首をブルンブルン振るいながら


「めめめめめめーっ!」


と怒りました。


「私は羊です。ニンジンほしさに走ったりしません」

「アボカドサラダじゃないと、ダメだもんねー」

「あっかんめーぇ!」

「あのう、シープちゃん、怒ってるみたいですけど。大丈夫ですか?」


よっちゃんさんは、動物の言葉がわかりません。だから、私たちと会話する山田さんを尊敬しています。私たちは、よっちゃんさんの言葉がわかりますが、よっちゃんさんは、私たちが話かけても、ニコッと笑うだけです。


「あ、へーき。食べ物の話に、ムキになっただけだから。シープちゃん、よっちゃんと話をしたくて走ってきたんだって」

「え?ホントですか?」

「ウソ、つきまめーん」


私は、よっちゃんさんをみて、ニッコリ笑いました。


よっちゃんさんも、私をみてニッコリ笑いました。そして、よっちゃんさんは、私と同じ目の高さまでしゃがむと、


「わたしも、シープちゃんとお話がしたかったんだ」


と、言いました。私は、早速、よっちゃんさんに質問しました。


「よっちゃんさん。あの男の人と恋人ですか?」


私の言葉は、よっちゃんさんには「めめめめめー」としか聞こえません。


「山田さん、シープちゃん、なんて言ってるんですか?」

「よっちゃんに、恋人がいるかどうかを聞いてる」

「えっ・・・!」


よっちゃんさんの顔が赤くなりました。自分の声に驚いたらしく、ちょっと離れたところにいるローバさんと男の人を見ました。


「いませんよー。どうして、そんなこと聞くの?」

「ローバさんが、あの男の人のことが好きだからです。よっちゃんさん、あの男の人、好きなんですか?」


よっちゃんさんには、「めーめーめーめめ、めーめーめめめ」としか聞こえていません。


「や、山田さん?」


よっちゃんさんが、困った顔して山田さんを見ました。


「動物たちが、よっちゃんに恋人がいるって噂してるんだって。相手は、あの人・・・じゃないかって」

「あの人って?」


よっちゃんさんが、ローバさんの頭をなでている男の人を見ました。そして、両手で私の顔をはさみ、お団子を作るようにこねました。


「やだあ、シープちゃんったら!」

「イタイ、イタイ、イタイです。よっちゃんさん・・・」


「シープちゃん、あの人はね、俳優さんなの。テレビとか映画に出ている人なの。今度ね、動物のお医者さんの役で映画に出るんだって。動物とどうやってお話したらいいのかわからなくて、山田さんに相談しているの。それでね、ときどき、私に話かけてくれるのよ。このことは、社長やメリーさんには言わないでね。テレビに出ている人だってことを隠しておきたいんだって。そうそう。この間ね、『さっき、ローバさんにお経を唱えてみましたが、バケツにあるニンジンをねだっていました。馬の耳に念仏って本当ですね』っていう話をしてくれたの。」


山田さんが「へえ、結構、面白い人なんだ」と笑いました。


「実はね、私、あの人のファンなの。デビューしたときから、素敵な人だなあと思ってて。だから、話しかけられると嬉しくなっちゃって。・・・でもね、あの人は今、ローバさんに、ぞっこんなのよ」

「ぞっこん?」


私は首をかしげました。


「ぞっこんって言葉の意味がわからないみたいだよ、よっちゃん」

「あ、そうなんですか?じゃあねえ、えっと、あの人は、ローバさんが大好きなの。私よりね、ローバさんが好きなのよ」

「めめー。そうなんですか!」


私は嬉しくなりました。ローバさんが好きな男の人は、ローバさんのことが好きだとわかったからです。


「私は、よっちゃんさんが大好きです!」


私は、よっちゃんさんの左のほっぺに自分の左ほっぺをこすりつけました。子どものころに面倒を見てもらった、サーカスの団長さんから教わった、「好き」という表現です。


「や、山田さんっ。シープちゃんは今、なんて言ったんですか?」


よっちゃんさんは、びっくりした顔をして、しばらく私の顔を見ていました。


「よっちゃんが大好きだって」

「ホント?私もシープちゃん、大好き!」


よっちゃんさんが私をぎゅーっと抱きしめました。また、懐かしいにおいがしました。死んだお母さんと一緒にサーカスで過ごした時のにおいだあ。


「でも、ホントは、アボカドサラダのほうが好きなんだよね。シープちゃん?」


山田さんの言葉に、よっちゃんさんが吹き出しました。私は、よっちゃんさんに抱きしめられたまま、山田さんをにらみました。

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