第39話 魔王の定義
勇者の気配が去ったことを確認し、『嫉妬』のモルテは山脈の洞穴にある秘密の研究所から這い出した。
「うふふふ、終わったみたいね。ヒジリっち」
モルテは大切な『親友』に腕を差し出す。
彼との二人だけの秘密は、今成った。
「ありがとうございましたモルルン。さすがは『親友』。完璧な肉体ですね。正直、アンデッドの肉体とそれまでの身体の違いがわかりません」
「実際、ほとんど変わらないわよ? 最高傑作だもの。たまに新鮮な生肉さえ補給すれば、今までと同じ生活を送れるわ」
聖の元の肉体から採取した細胞を培養した素体を使っているし、斬り飛ばされた首から綺麗なままの脳みそも回収した上で合成し、魂を転生させたのだから当然であった。
「そうなのですか? アンデッドになると味覚や生殖能力が喪失すると伺っていたのですが」
「誰から聞いたのそんな昔の情報。ほんと、死霊術には偏見が多くて困っちゃうのよねえ。大体、死霊術が必要になる場面って、相手が急に死んじゃってアンデッド化する場合が多いじゃない。そうすると、細かな感覚までは適合させている時間がないのよ。事前にきっちり準備ができれば、このくらいは余裕だわ」
「ふーむ。なるほど、死霊術も日進月歩ですか。実に興味深いですねえ。また色々教えてください。モルルン」
「もちろん構わないわ。『親友』の頼みですもの」
親友と手をつなぎながら、散歩する至福の時間を経て、モルテたちは魔王城の謁見の間へと到達する。
「――クソッ。ごちゃごちゃ話し合ってる間に、速攻出発してりゃ間に合ってたんだ」
フラムが悔いるように目を血走らせて床を叩く。
「もう、プリンもハンバーグもケーキも食べられないのカ。もっとおいしい物を教えて欲しかったノダ」
ギガが腹を鳴らして言う。
「お父様のいない世界に何の意味が、お父様あってのワタクシ、ワタクシあってのお父様、娘と父親の絆は永遠――」
ブツブツと光を失った目で繰り言を紡ぐシャムゼーラ。
「――『死を想え』ってことかな」
思索にふけるように遠い目をするレイ。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんがああああああ! あああああああああ!」
亡骸にすがりつくアイビス。
「……」
プリミラ――は相変わらず何を考えているのかわからない。
「クスクス。みんなどうしてそんなに落ち込んでいるのかしら」
愁嘆場を演じる六人に、モルテは優雅に声をかける。
「皆さん。ご心配おかけしました」
聖がそう声をかける。
六人の視線が一斉にモルテたちを捉えた。
彼女たちそれぞれの顔に含まれる様々な感情を、モルテはゆっくりと咀嚼するように味わう。
その驚愕が、嫉妬が、恐怖が、敵意が、モルテにはたまらなく心地よかった。
自分だけが『親友』の本当の計画を知っていた優越感が心を満たしていくのを、モルテは確かに感じていた。
* * *
「……あらかじめ、準備をしていたの?」
「ええ。出会った時から、密かにモルテさんにアンデッドへの転生計画を進めて頂いていました」
プリミラの問いに、聖は頷く。
最悪の状況を考えて備えておくのも、管理職には必要なことだ。
「どうしてオレらに教えてくれなかったんだよ」
「すみません。情報という物は、知る人数が増えるほど、指数関数的に漏洩するリスクが増すんですよ。万が一、勇者側に気取られた場合、私の転生先のストックを全て破壊される可能性がありましたので」
聖は不満げなフラムに軽く頭を下げて答える。
「プリミラもフラムも、そんな些細なことどうでもいいじゃありませんの! お父様がこうしてワタクシたちの側にいてくださる! そのことが何より重要ではありませんか!」
聖の腕にすがりついたシャムゼーラが叫ぶ。
「ねえ、お兄ちゃん! エッチなことはちゃんとできるんだよね? 大丈夫だよね?」
アイビスは心配そうに聖の股間を叩いてくる。
甘えたがりのシャムゼーラとアイビスは先ほどから聖の側を離れようとしなかった。
二人共、すっかり化けの皮が剥がれているが――まあいい。
むしろ、こちらの姿の方が皆に受け入れてもらいやすいかもしれない。
「まあ、良かったんじゃないカ? これからも美味い物が食えるってことダロ?」
ギガが魔王城の残骸から食料を漁りながら、呑気な口調に言う。
「シャムゼーラくんたちの言うことも分かるよ。確かにヒジリくんは生きていた。それは素晴らしいことだ。でも、『魔王』が死んだことには変わりないじゃないか?」
レイが疑問を呈する。
彼女の言うことは正しい。
確かに、『聖という個体』は生き残ったが、それでも一度は確かに死んだのだ。
『魔王』はもういない。
「……確かに。絶対的な命令権を持つ魔王がいなくなったことは問題。これからどう魔族をまとめていけばいいか……」
プリミラが考え込むように腕組みをする。
「そうでしょうか。魔王がいなくなったことの、何が問題ですか?」
「「「「「「「え?」」」」」」」
一同がポカンとした顔で聖を見てくる。
「そもそも、考えてもみてください。私が魔王でなくなったことによって、業務に何か支障がありますか? 強いていうなら、便利なエンペラーコールを使えなくなったというくらいのものでしょう」
「――そうか。確かに、ヒジリくんは、普通の魔王と違って、ボクたち魔将に権能で何かを強制してはないしね。何が変わったかと言われれば、何も変わってない」
レイが、得心がいったかのように頷く。
聖が執拗に魔将たちの同意の下の雇用契約にこだわったのは、この時のためだった。
聖は『魔王』ではなく、あくまで聖個人の下で働いて欲しかったのだ。
「魔将はともかく、下の魔族共はどうすんだ? アホが速攻で下克上を狙ってくるかもしれねーぞ?」
「魔族は力に従うのでしょう? 魔王に代わりに、魔将のあなた方が私の存在を担保してくだされば、それで事足ります。魔将が七人束になって勝てる魔族はいないでしょうから。皆さんが認めてくださる限り、圧倒的な魔力がなくとも、特殊な権限がなくとも、魔王は魔王なのです」
「それは――そうか」
「……道理」
フラムとプリミラが頷く。
「さあ、ここで私は改めて皆様に問います。私は――御神聖という男は、あなた方を率いて魔族を導くにふさわしい存在ですか? YESならば早速働きましょう。全身全霊を込めて、心からの奉仕の心と共に。NOならば――もし、私より組織を上手く動かせる者がいるというのなら、どうぞ殺してください。私は喜んで、その人に後任を託しましょう。……いかがですか?」
聖はゆっくりと歩きながら、魔将一人一人の顔を覗き込んでいく。
全てを話し終わった後、裁可を乞うように、玉座の横で両腕を広げた。
「「「「「「「魔王ヒジリに忠誠を。魔族に栄光あれ!」」」」」」
魔将たちが一斉に深く腰を折る。
その日、途方もなく長いその星の歴史の中で初めて、魔族は自らの意思によって王を選んだ。
その事実がもたらす、変革を、惨劇を、救済を、絶望を――ヒトはまだ知らない。
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