第40話 勇者飯田恒夫のエンドロール
聖が皆の信託を受けて再び魔王に返り咲いたその日のことだった。
「そういや師匠。なんで、オレらを呼び戻さずに侵攻を続けさせようとしたんだ」
「……ワタシも勇者に逃げられたことが気になる。放置していてもいいの?」
フラムとプリミラが思い出したように聞いてくる。
「ああ、その件ですか。大丈夫です。勇者が顔見知りで性格がわかっていたので、彼のその後の結末が簡単に推測できたんですよ。端的に申し上げれば、あの勇者は魔将の皆さんが手を下すまでもないので、侵攻を優先して頂こうかと思っていたんです」
聖は書類仕事の片手間に、確信を持ってそう答えた。
* * *
「おらあああああああ! 出て来い教皇おおおおおおおおおお!」
恒夫は、憤怒と共に聖堂に乗り込んでいた。
(あのクソ坊主どもめ! 奴隷を解放するフリをして、俺を騙しやがった!)
アイシアとジュリアンを見捨てたことが民衆にバレないよう、わざと人通りが少ない飛行ルート選択したことが幸いした。
奴隷が解放されたはずの神徒の領土の各地で、明らかに強制労働を課せられている人間を大量に目撃したのである。
「おやおや、勇者様。魔王討伐の成就。まことにおめでとうございます。――聖女と『純潔』はいかがしましたかな」
祈りを捧げていた教皇が、ゆらりと恒夫の方を振り向く。
「そんなことはどうでもいい! 今は奴隷のことだ! 約束を破りやがって! 皆殺しにしてやる!」
「何か誤解があったようですな。ここは神の正義を信じる者同士、話し合いで解決を――」
「もう貴様の話は信用しない! 皆殺しにして、俺がこの国の王になってやる!」
「……愚物め。ふう、やはり、『勇者』を用意しておいて正解だったか」
「なにを言っている!? 俺が『勇者』だ! 俺こそがルールで正義だ!」
「思い上がるな! 勇者はお前一人ではないわ!」
教皇が指を鳴らす。
それに呼応するように、柱の影から一人の女が姿を現した。
ボサボサ髪にノーメイクながらも、どこか野性味を帯びた美しさを秘めたその女は、両手に剣を握った二刀流スタイルだった。
「なに!? まさか別の勇者を再召喚したのか? 魔王がいなけりゃ、勇者も呼べないはずだろ!?」
「その通り! 再召喚じゃないよ――でも、ねえ、キミ、勇者の『その後』とかにも興味あるクチ?」
「だから、お前は誰なんだよ! 勇者は俺一人なんだ! そうか! 魔族か! 魔族なんだな!」
「はあ、もう察しが悪いなあ。好みの顔じゃないし、頭悪くて楽しめなさそうだし、さっさと片付けちゃうか」
「勇者の力を舐めるなああああああああ!」
もはや正体などはどうでも良かった。
魔王を討伐した絶対正義の自分を侮辱するなど、それだけで万死に値する。
このクソ女が剣の錆になることは恒夫の中では確定事項であった。
剣を構え、踏み込む。
ほら、これだけで女は真っ二つに――
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
直後、経験したことのない激痛が常夫を襲う。
あのブラック企業の部長ともみ合いになって死んだ時も、これほどの苦しみはなかった。
あれ、俺の腕はどこだ。
俺の脚はどこだ。
そんなことを考えている間にも、目がチカチカして、意識は薄れて行く。
「弱っ。ちょっと、今の勇者ってこんなに弱いの? むっちゃ萎えるんですけど」
「歴代最強のあなた様と比べてられては、いくら無能勇者とて哀れでございますな」
「んもー。おだてても無駄だよ。教義の関係で中々外に出られないんだからさ。汚れ仕事をさせるにしても、もうちょっとおもしろい奴を用意しておいてよ」
「これは手厳しいですな。ですが、ご安心ください。外大陸との戦が始まれば、強敵とはいくらでも相まみえる機会はありましょう」
「みんなそう言うんだよねー。ま、期待してるから、いい舞台を用意してよね」
女は剣の血を振り払って、颯爽と去っていく。
その後ろ姿を、恒夫はもはや見送ることさえできなかった。
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