第38話 勇者と魔王(2)
『魔王隠れてないで出てこい! もう逃げ場はないぞ!』
月並みなセリフを吐く勇者を無視して、聖は逃走を続ける。
『そうか! いいぜ! そっちがそのつもりなら、こっちも考えがある!』
ズガーン! と巨大な破裂音。
数百メートル先の空間がごっそり削り取られている。
どうやら勇者は魔王城を爆砕しながら、聖をあぶりだすつもりらしい。
(相変わらず強引な人だ)
勇者のやり方は力の浪費を考えるととても効率的とは思えなかったが、有効なのは確かで、聖の隠れ場所がどんどん奪われていく。
やがて追い詰められた聖は、ほぼ上半分を消失した魔王城の謁見の間で、勇者と邂逅した。
皮肉なほどに快晴で、星の綺麗な夜だった。
「ふう。お久しぶりですね。通り魔さん」
上級魔族並の身体をもってしても、さすがに勇者との追いかけっこは疲れるらしい。
聖は背もたれの上半分がない玉座に腰かけて、自らを殺したその男に微笑みかけた。
「ふ、ふはははは! ははははははは! ははははは! そうか。お前が魔王だったのか! ぴったりじゃないか。これは運命だ! 今度こそ、俺が諸悪の根源の貴様を殺して世界を救う! それが正義だ! 世界のためだ!」
勇者は哄笑する。
「気に食わない指導者を暗殺すれば、世界が良くなるという発想は正しくありません。多くの場合、暗殺は外交問題を解決する手段としては悪手だという研究結果が出ています。今回の場合も、私を殺しても、魔族は止まりませんよ?」
聖は無駄だとわかっていても、そう諭してみた。
「ならば、全部殺すだけだ! それが勇者だ! みんなの願いなんだ!」
勇者は陶酔した目で、唾をまき散らしてそうまくし立てた。
やはり、ダメだ。
この男に聞く耳という概念はないらしい。
「ふう。そうですか。殺したければお好きにどうぞ」
聖は玉座に腰かけたまま、肩をすくめる。
「勇者殿! この魔王、様子が変だ! 魔王にしては、発する瘴気が弱すぎる!」
「ええ。上級魔族程度の力は感じますが、とても魔王と名乗れるほどとは思いません。罠でしょうか!」
勇者の側に侍る二人の少女が、警戒して言う。
「お二人共、安心してください。何の種も仕掛けもありませんよ。私の力は、すでに部下にほとんど譲渡してしまったのです。勇者はおろか、そこの鎧のお嬢さんでも、私を殺すのに十分でしょう。ですから――さあ! 殺しなさい! あなた方より圧倒的に弱い私を、一方的に嬲り殺すのが、正義なのでしょう?」
聖は初めて見た二人の女の反応を見るため、感情を込めて語気を荒らげた。
二人の女は一瞬顔を歪ませる。
どうやら、随分と純粋な人柄のようだ。
「こいつの言葉に騙されるな! 今、俺が終わらせてやる! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
白刃を掲げた勇者が迫る。
「シャイニングレイ!」
瞬間、光線が聖と勇者の間を遮った。
数瞬遅れて姿を現したその人物に、聖は目を見開く。
「七魔将が一人、『傲慢のシャムゼーラ』ですわ。魔王城に土足で踏み込む慮外者たち。このワタクシが相手をしてさしあげましょう」
「シャムゼーラさん! なにをやってるんですか。あれだけお逃げなさいと申しつけておいたのに」
聖はこめかみを押さえて言う。
シャムゼーラは文官である。
戦闘は不得手であって、勇者に勝てる可能性は万に一つもない。
それでも、シャムゼーラは儀仗を構えて勇者に相対していた。
「父親を置いていく娘はおりませんわ! わかっています! お父様にとっては、ワタクシなど、仕事の道具にすぎないことくらいは。それでも、ワタクシはお父様と過ごした日々が――」
「やれやれ。本当に困った
瞳を潤ませて言うシャムゼーラに、聖はいつもアルカイックスマイルで応える。
「くそ! 雑魚が邪魔しやがって! 二人まとめて殺してやる!」
勇者が再び白刃を構えて踏み込んでくる。
刹那、魔王は残る全ての魔力を振り絞り、身体能力を強化した。
シャムゼーラの手を引き、先ほどまで自身のいた場所と彼女の身体を入れ替える。
玉座についた彼女を視認すると同時に、手すりに仕込んだスイッチを押し込んだ。
緊急脱出用の落とし穴が起動し、シャムゼーラを漆黒の中に吸い込んでいく。
「グフッ」
聖の心臓を貫く刃。
火傷にも似た激痛が胸に走る。
「魔王様! 魔王様あああああああ! どうしてワタクシなんかのために――」
シャムゼーラの慟哭が聞こえる。
「あなたは魔王軍に絶対に必要な人材です。それに、自分の、代わりに、娘が、犠牲になって、喜ぶ、父親、は、いま、せん、よ」
聖は契約に忠実な男であった。
彼は、自らが自らに課した父親という役割を最後まで果たした。
「これで終わりだ!」
背中越しにかけられる勇者の声。
視界がぐるぐると回転する。
自分の首が胴体から離れたのだと気づいたのは、しばらく後だった。
「ダークインフェルノ! ――ちっ! 遅かったか!」
「魔王様! 勇者――殺ス!」
「お兄ちゃんを! わらわのお兄ちゃんおおおおおおおおお!」
「……聖女の回復魔法をワタシが牽制する。レイは騎士を」
「――わかったよ」
(結局、来てしまったんですね)
そこには、それぞれどこか思春期のような危うさを秘めながらも、どこか頼もしい魔将たちの姿が見えた。
それにしても、さすがに魔族の身体だ。
人間とは違って頑丈らしい。
どんどん視界がぼんやりしてくるが、まだ目の前で何が起こっているかくらいは分かる。
「ぐっ――増援か! 魔将が全員とは! すさまじい力だ」
「勇者様! 魔王は倒しました! 退きましょう!」
二人の女が助けを求めるように勇者を見た。
「ああ。そうだな」
勇者は無表情で答え、ただ一人虚空へと舞い上がる。
「勇者殿!?」
「勇者様! どうして!?」
「悪いが、力を使い過ぎた。三人でこいつらから逃げ切るのは無理だ! 後は自分たちで何とかしてくれ」
勇者が振り返ることなく飛び去っていく。
「そんな!」
「なんということだ! 貴様はそれでも勇者か!」
「ふたり、つかまえ、それ、りようかち、が」
絶望と怒りに顔を歪ませる女を後目に、聖は最後まで最善手を考え続け――やがて全ての意識を手放した。
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