第7話 現状把握(2)
「はい。魔族内においては、ご覧の通り、肉食の魔族の餌か、武器の性能試験か、もしくは、うさ晴らしに殺して遊ぶか、その程度の利用価値しかない生き物として認識されていますわ」
シャムゼーラが突き放すような冷たいトーンで言い放った。
「知能と戦闘能力はどのようになっていますか?」
「先にも申し上げた通り、ゴブリンの個体の戦闘能力は、ヒトの戦士の最下級――いわゆる、初級冒険者にも劣ります。知能は、ヒトの幼年個体程度でしょうか」
「幼年個体といっても赤子ではありませんよね。ヒトでいうところの、少年くらいの体格はあるじゃないですか。少年でも、武器の一つくらいは振るえるでしょう」
「はい。おっしゃる通りです。むしろ、いくら卑小とはいえ、仮にも魔の血を継ぐ者ですので、平均的な同身長のヒトよりは若干強くさえあるかと思います」
「繁殖能力はどうなっていますか?」
「ゴブリンには雌がおりませんが、代わりにヒトでも家畜でも、あらゆる他種の雌を孕ませることができます。妊娠期間は一ヶ月くらいでしょうか。犬や猫のように一回の出産で何体も生まれることも珍しくありません」
「すばらしい! まさに、私たちが求めていた種類ではないですか。生まれてから成体になるまでの期間もそう長くないのでしょう?」
「はい。さらに一ヶ月もあれば、十分に成体になるかと。ただし、生まれてから成体になるまで、他の魔族に狩られたり、共食いしたり、病気になったりで、生存率は五割、いえ、おそらく3割を下回るかと思われますわ。詳しく調べていないので、はっきりとしたことは申し上げられませんが」
「伸び
(これは、いけるのではありませんか?)
聖は希望を見つけた気がした。
目測ではゴブリンの身長は140cm~150cm程度ある。
戦国時代の日本の成人男性の平均身長は160cm程度だったらしい。
彼らはそんな身長でも、立派に戦っていたのだ。
それに比べれば、若干ゴブリンの体格は貧弱だが、ゴブリンは腐っても魔物であり、同身長のヒト――子どもに比べれば力が強いという。
知能が子ども程度しかない?
子どもでも、教育すれば、四則演算程度はできるし、運動会で行進もできる。
ちなみに、運動会の集団演目も元は軍事教練だったらしい。ゴブリンに運動会ができるほどの能力があれば、仕込めば単純な集団戦闘くらいはできるはずだ。
「……」
「ふむ。どうやら、シャミーは、ご不満のようですね」
「いえ、そのような。お父様のおっしゃることに異があろうはずもございません」
「やめてください。シャミー。父と娘の間で隠し事はナシにしましょう」
「お父様――僭越ながら、率直に申し上げるならば、ワタクシはゴブリンがあまり好きではありませんわ。昔のお父様もこうおしゃっております。『魔の七徳、使い方を誤ればゴブリンとなる。彼の卑小なる者、《傲慢》匹夫にして狭穴を出でず、《憤怒》刹那にして継続なし。実力なき《怠惰》は腐り、《嫉妬》すれども研鑽なし。《暴食》を極めることなく、少しく余裕あらば選り好み、彼の《強欲》なるは真の強欲足らぬ。彼の者、自らのためならず他に誇るための強欲なればなり。その《色欲》、技なく、心なく、節操なく、ただ鈍獣のごとし』、と」
シャムゼーラが嫌悪感を滲ませて言う。
「ふむ。つまり、ゴブリンという存在は、自惚れが強くて小才を鼻にかけ、ちょっとしたことでも怒り、怠け者で、他人の足を引っ張ることが大好き。贅沢好きで、能力とは無関係の物質的な虚飾を好み、他者に自慢する。極めつけに、脳みそと下半身が直結しているような性獣であると」
聖はシャムゼーラの言葉を意訳する。
「はい! 至高を目指す魔族としては、受け入れられない惰弱な生き物です!」
シャムゼーラが義憤に駆られたように叫んだ。
聖は、彼女がまるで、小学校にいた、やたら掃除に小うるさい学級委員長に見えてきた。
魔族というものは、力を求めるあまり、ある意味で純粋で潔癖な生き物なのかもしれない。
感情に『あそび』がないとでも言おうか。
「そうだとしても、問題ありませんよ。シャミーたちが負けたヒトも、多かれ少なかれ、皆そういう性質を持っているんですから。ヒトの子どももゴブリンも大差ありません」
聖はなだめるようにシャムゼーラの頭を撫でた。
「そうなのですか?」
「はい。ただ、ヒトがゴブリンと違うのは、それを矯正することができるという点です。生まれながらに愚かな存在でも、倫理や教育や法や利益誘導などで社会的な動物に仕上げることはできます」
聖は自信をもってそう断言する。
人間の本質は、原始の時代からさほど変わってない。
変わったのは、それを統治するソフトだ。
聖がゴブリンにそれを与える。
「ワタクシはゴブリンが嫌いですが、お父様を信じます。あれらを我が軍の前衛の主戦力と致しましょう」
「さて。前衛の戦力はゴブリンにするとして、確か、後衛が必要なのでしたね? 魔法の使える戦力が」
魔法のある世界の戦争というものが、聖には具体的にイメージできない。
「はい。それが、さらに頭の痛いところなのです。魔法は高等技術ですから、戦場で実用レベルの魔法を使えるのは中級以上の魔族に限られました。戦力としても貴重故に、敵に真っ先に殲滅されたので、もはやまとまった数が残っていないのです。魔法の使用者を増産するならば、レイスやゴーストなどの霊体系アンデッドが手っ取り早いと思うのですが、先にも申し上げた通り、魂不足という問題があるので難しく……」
シャムゼーラも、あれこれ手段は検討したのだろう。
顔が苦悶に歪んでいた。
「ゴブリンは、魔法は使えないのですか?」
「ゴブリンの中でも、知能が優れ、魔法適正のある個体はゴブリンシャーマンとなることがありますが、実戦投入するレベルの魔法は無理かと」
聖の問いに、シャムゼーラは首を横に振る。
(『実戦投入できるレベル』、とはどういうことなのでしょうかね。詳細を知りたいですが……情報が不足しすぎています)
聖は『無理』という言葉は信じない。
無理を可能にしてきたのが、人類の歴史だからだ。
しかし、聖も神ではない。
現段階では、魔法のある世界の戦争というものの具体的なイメージができないので、この場でこれ以上の追求はできない。
「まあ、現段階では前衛の候補が見つかっただけでも大きな進歩だとしておきましょう。もちろん、そのままのゴブリンでは武装した敵に勝ち目はなさそうですから、やることは山積みですね。兵装の統一と大規模な軍事教練――それに、下士官の育成ともしなければいけませんし、ああ、やることがいっぱいだ!」
聖はほくそ笑み、期待に胸を躍らせる。
自分がやるべき仕事が早くも見えてきた。
そのことが単純に嬉しい。
「はい! お父様! では、まずは他の魔族に、ゴブリンを殺さないように命令を下されますの?」
「ええ。是非、そうしたい所ですが、ワーウルフやオーガも、餌のゴブリンがなければ餓死してしまうのではないですか? 彼らも有用な戦力ですし、長期的には増やしていきたいと考えているので、無碍には扱いたくないのですが」
「そうですね……。では、もし、お父様さえよろしければ、彼らには身に余る光栄ですけれど、御自ら、空腹にならない程度の魔力を分け与えてやるのはいかがでしょうか。強靭なあの者たちなら、魔力さえ充実していれば、半年程度、肉を食わなくても死にはしませんわ」
「ほうほう。ではそうしましょう」
「中級魔族程度に直接お声かけになると、お父様の魔王としての権威に傷がつきますので、ワタクシが伝令を致します――皆の者、
シャムゼーラの呼びかけに、オーガとワーウルフを中心とした中級魔族が一同に集められる。
ゴブリンを殺すことを禁止する代わりに、それぞれの能力に応じて聖の魔力の一部が彼らに譲渡する契約が結ばれた。
ワオオオオオオオオオオオン!
ウゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ワーウルフが歓喜の雄たけびをあげ、オーガが小躍りする。
他にも見慣れぬ怪物たちが、思い思いに喜びの感情を表現している。
なんでも、魔王のような強者がこのクラスの魔族と契約を結ぶこと自体が相当珍しいらしく、彼らにとっては名誉なことのようだ。
聖は鷹揚に頷いて彼らの歓呼に応え、城へと帰還する。
「特に私の身体に変化はないですね」
「当然ですわ。お父様の魔力量からすれば、1%にも満たない程度の力ですもの」
シャムゼーラがなぜか誇らしげに胸を張る。
「魔王の規格外さがようやく私にもわかってきた気がします。ともかく、具体的な施策に移る前に、まずは他の魔将の方々にも会ってみたいものですね。頭数が揃えば、幹部級を交えて、今後の戦略方針を決定する会議をしましょう」
「かしこまりました。お父様の権能で命令をくだせば、たちまち皆、集まることでしょう」
「いえ、強制はしません。あくまで、『要請』します」
「しかし、魔将は皆、独立独歩です。自由意志に任せれば、無視される可能性もありますが」
「それでも構いません。現状をどのように認識しているか。その上で要請に対してどのような判断を下すのか。私はそれを見たい。どんなに力があろうと、俯瞰的な視点でマネジメントできない人材ならば、幹部としていりません」
シャムゼーラの懸念を聖は一蹴する。
強制するのは簡単だが、それでは魔将それぞれの聖に対する協力姿勢も、それぞれの個性も把握できない。
適材適所、ふさわしいポジションに人材を配置するのが管理職の仕事である。
そのための判断材料が必要だ。
「なるほど。お父様の深謀遠慮にワタクシ、感服致しました」
「シャミーは大げさですね。――と、偉そうなことを言ったところで、私が意思を伝達する手段が分からないのですが」
「それは簡単ですわ。『エンペラーコール』と唱えた後、対象を指定し、御言葉を垂れてくださいまし」
「ほうほう――『エンペラーコール。魔将たちに告げます。私が魔王ヒジリです。今後のことについて話し合うために、私の下に集うことを望みます。無理強いはしません。現状を鑑み、自ら必要と思った者のみで良いです』……と、こんなところですかね。これ、向こうからの返答は聞こえるのですか?」
「いえ。一方通行ですわ。ある程度の距離なら、お互いの意思を伝達する魔法もあるのですけれど、魔領全土に一斉に伝わるほどの魔法は、全ての魔族を従える権限のあるお父様――魔王以外には使えません」
「では、後は待つだけですね――と、おかしいですね。ちょっと疲れた感じがします」
疲労しないはずの身体だが、どことなく全力疾走した後のような疲労感がある。
「召喚されたばかりで消耗されているのでしょう。このままでも一日も経たない内に本復なさるかと思いますが、回復を早めるために少し横になられてはいかがでしょうか。すでにお父様のためのお部屋は用意してございますが」
「ふむ。では、お言葉に甘えましょうか」
聖としてはすぐにでも働きたい気分だったが、なにやらシャムゼーラが休ませたがってる気配を汲んで頷いた。
「はい! では、こちらに」
シャムゼーラが、玉座の後ろの扉へ聖を案内する。
その扉の奥の回廊を進むと、30畳ほどの一室へと辿り着いた。
「中々シンプルで機能的な部屋ですね。気に入りました」
部屋には、水晶の燭台と、ベッド、そして、黒曜石のような材質の仕事机が設置されている。
聖はキングサイズのベッドに身体を横たえた。
ウォーターベッドのような柔らかな感触が身体を包み込む。
「お父様……。あの」
シャムゼーラがもの言いたげにチラチラと聖を見てくる。
「シャミーも一緒に休みませんか?」
聖は自身の隣をポンポンと叩いて、そう提案した。
「は、はい! 失礼致しますわ」
嬉しそうにシャムゼーラが聖の横に潜り込む。
彼女は胸の前で腕をクロスさせ、緊張したように身体をこわばらせていた。
聖は身体を横向きにし、彼女の手を擦り、ゆっくり緊張を解きほぐしていく。
シャムゼーラが上気した頬を、聖の胸に寄せてきた。
「シャミー、まだ私にして欲しいことがありそうですね? 誰も見ていませんよ。素直になりなさい」
「は、はい。お、お父様、もしよろしければ、シャミーは、ヒトが子にする寝物語というものを、体験してみたく存じます」
シャムゼーラが聖を熱っぽい上目遣いで見つめてくる。
「構いませんよ。それでは、シャミーのように美しい、お姫様の話をしてあげましょう」
聖は甘い声でシャムゼーラに囁く。
まるで、彼女に永遠に解けない魔法にかけるかのように。
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