第6話 現状把握(1)

「では、救済計画を立てるために、まずは現状を把握しましょう。我が軍の残存戦力は?」


「先にも申し上げた通り、先の決戦の敗北でワタクシたちは多くの戦力を失いましたわ。主戦力である上級魔族の大半はもちろん、『憤怒』――【炎】の巨人アルガス、『傲慢』――【闇】の増肉怪僧シムール、『怠惰』――【水】の支配者スライムカイザー、『暴食』――【土】の底なし魔花ブーグー、『強欲』――【風】の蝗祖グレッグ、七名中、五名の魔将が討死致しました。現在は魔族の弱肉強食の掟に従い、残った者の中から、同属性で一番実力を有した魔将たちがそれぞれ後を継ぎましたが、ワタクシを含め、先代に比べて、圧倒的に力で劣るのが現実です。――と、申しますのも、本来後を継ぐべき、ナンバー2、ナンバー3クラスの魔族も、先代の魔将と一緒に討死致しましたから」


「ふむ。まさに死屍累々といった感がありますね。逆に、そのような過酷な環境で生き残った二名の魔将の方は、相当に優秀な方々なのですか?」


「もちろん優秀でしょうが、生き残ったのは、主に彼女たちの得意分野によるものが大きいかと。一人目のモルテは死霊術に長けた魔将で、殺しても死なないような女ですし、もう一人のアイビスはサキュバスですから、幻や人の心を惑わす手管に長けておりますし……」 


「なるほど……。死霊術とは、ゾンビとか、スケルトンとか、ゴーストとかそういったアンデッドの類を生み出す技術と考えて良いのですか?」


「はい。基本的にその認識で問題ないかと思います」


「そうですか。ならば、戦場では大量の死体が出たはずですよね。それらをアンデッド化して戦力にする手段はとれませんか?」


「死霊術を行使するには、魂が必要なのです。詳しくはモルテ本人に聞いてみなければわかりませんが、ワタクシがお父様の召喚にたくさんの魂を使ってしまったので、大戦に投入できるほどの大量のアンデッドを生み出すのは難しいかもしれません。それに、『神徒』もアンデッド化は警戒していたようで、浄化の護符を戦士に持たせるなどの対策をしていたようですし」


「ふむ。そう簡単にはいきませんか……。先ほど、上級魔族の大半は討死した、とシャミーは言いましたが、中級や下級の魔族は残っているのですか?」


「はい。敵が指揮官たる魔将やその周辺の上級魔族を集中的に狙う戦術をとってきたので、雑魚は無視された所がありまして……。とはいえ、多くは上級魔族の餌や、露払いとして使いつぶされましたので、数としては3割残っているか、という程度です」


「見てみましょう。百聞は一見に如かずと申しますしね」


「かしこまりました。では、ワタクシがご案内しますわ」


 そう言うと、シャムゼーラは、玉座の間から出でて、階段を上る。


 どうやら、今まで聖がいた所は、地下にあったらしい。


 聖がその後に従うと、やがて城の廊下らしき空間に出た。


 時刻としては夜らしく、不気味な赤い月の光が、仄かに窓から差し込んでいる。


「――レビテーション!」


 触れることもなく、シャムゼーラが窓を押し開いた。


 そして、詠唱と共に浮遊した彼女が、窓から外へ飛び出る。


「おお、そのようなことが。私にもできるのですか?」


「お父様に使えぬ魔法があろうはずもありません」


「ふむ――では、レビテーション」


 聖は見様見真似で詠唱する。


 直後、風を感じた。


「おおっと!」


 ズゴーン! と聖は勢いあまって天井の一部をぶち破ってしまったが、しばらくすると力の使い方にも慣れた。


「さすがはお父様、素晴らしい魔力です。紹介するのは、ある程度軍団で動かせる程の数が残った魔物ということでよろしいですか?」


「そうですね。よろしくお願い致します」


「では、まずは中級魔族の方から案内致しますわ」


「よろしく」


 聖をシャムゼーラが先導していく。


 前衛アートのような禍々しい色と形をした木々が生い茂る森の一角に、焚火をする群体がいた。


 二足歩行と四足歩行の中間のような前かがみの姿勢。


 長い耳と、鋭い鉤爪が印象的な、その生物。


「あそこにいるのが、ワーウルフですわ。ワタクシがまず、目をつけていた、『集団』での戦闘を行える戦力です」


「ふむ、人狼という奴ですか」


 聖は、黒こげの何かを貪り食っている毛むくじゃらを眼下に呟く。


「はい。知能もヒトの成人と同程度あり、身体能力はヒトのそれをはるかに凌駕します。元々群れで狩りをする習性があり、集団行動にも馴染みやすいです。ヒトに擬態することもできますし、また、ヒトに噛みつくことで、呪いを感染させて、同族を増やすこともできます」


「確かに、有用そうな戦力ですね。それでも、先の大戦では活躍できませんでしたか?」


「はい。人狼は代表的な『手強い魔物』ですので、警戒され『神徒』の軍勢に対策されていました。ワーウルフには銀に弱いという弱点があり、特に祝福された聖銀の武器への耐性がなく、敗れました」


「ヒトに呪いを感染させる以外に、増やす方法はありますか? 例えば、繁殖するとか」


「生殖で繁殖するには、おおよそヒトと同様の期間が必要です」


「では、間に合いませんね。期限は半年しかありませんから」


 妊娠から出産までを仮に十か月としても、全く滅亡のリミットには間に合わない。


「おっしゃる通りです。――次はこちらへ」


 そう言って、シャムゼーラは先ほどとは反対方向の森へ聖を誘導する。


 そこには、身長5メートルにも及ぼうかという、巨大な二足歩行の怪物がいた。


 その容姿を一言で形容するならば、『鬼』だろうか。


 筋骨隆々とした体躯に、腰布だけを纏い、手にはこん棒を持っている。


 なにやら小人のような人型を生のまま貪り食っていた。


「大きいですね。これは相当強いのではないですか?」


 聖は感心したように言う。


 フィジカルの強さは、戦闘能力に直結する。


 小柄な戦士が活躍するのは物語の中だけだ。


 実際、地球でも格闘技に細かなウエイトによる階級分けが設けられていたのは、結局質量が強さに如実に反映されるからだろう。


「はい。オーガと申します。純粋な戦闘能力は高く、回復力も申し分ないのですが、あまり知能が高くなく、複雑な作戦を遂行するのは不可能なのが難点です」


「繁殖能力はどのようになっていますか?」


「通常の雄と雌での繁殖もできますし、家畜やヒトの雌を孕ますことでも繁殖可能です」


「ほうほう。良いではありませんか。妊娠期間は?」


「ワーウルフと同様、10ヶ月前後でしょうか。しかも、オーガは生まれた時からかなり大きいので、オーガ種以外の雌を母体とした場合、一回で使い物にならなくなります。その場合、母体は生まれたオーガの赤子の餌となりますね」


「ふむ、やはり間に合いませんし、大量繁殖するには難がありますね」


「……はい。ワタクシも、お父様と同じような懸念から、量産化を断念しました。――大変申し上げにくいのですが、ワタクシが事前に検討していた、集団戦闘に使えそうな魔族は、以上ですわ」


「はい? まだ、下級魔族がいるでしょう?」


「はい。しかし、下級魔族は、いずれも戦闘訓練を受けていないヒトにも負ける程度の個体能力しかありません。お父様への説明の便宜上、下級魔族というカテゴリを作りましたが、本来は魔物というべき、我々の同朋とは認めがたい卑小な輩です。とても、組織化されたヒトの軍団に勝てるとは思いませんが……」


「先入観はいけません。とにかく、数が揃えられて、最低限の命令を聞ける知能があればいいのです。そういった種類はいないのですか?」


 聖は問いかける。


 こういうにっちもさっちもいかない時には、先例を無視し、ゼロベース思考で考える必要がある。


 シャムゼーラは魔族の中では開明的な思考をもっているようであるが、それでも、完全には個体の力を最上とする魔族的思考から抜け出せてはいないのだろう。


「そうですね……。とにかく、数だけは多いといえば、やはり、そこにいるゴブリンになるでしょうか」


「ん? あの、オーガの餌となっている生き物ですか?」


 シャムゼーラの視線を受け、聖はンギャアアアアア、と断末魔の悲鳴を上げながら、オーガにおやつ感覚で食べられている背の低い人型を指さした。

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