4月7日(火)朝

今朝も、その人をお仕事に送り出した。

どうか無事に帰って来てね、と言うと、

うん大丈夫だよ、まかして

と返ってきた。


私は、朝一番にその人の声を聞くのが、好きだ。

1日の始まりをその人の声を聞いてから。

昨日はよく眠れたか、どんな夢を見たのか、睡眠導入にと送った瞑想の録音はあと1分ほど足りないらしい。長さを考慮して、内容も少し変えながらまた新しいものを録音して送りたいと思う。


今日は、深緑の、緑の…モネの絵の緑のような…うん、そんな緑に包まれるよ。


と言われた。私はその人が贈ってくれる、絵画を描き出すような、風景を立ち上がらせるような、抽象的なものなのに鮮明にあたかもそこにあるかのように紡ぐ、言葉の表現が好きだ。全くの透明な空間に、時に、突如想像の次元が現れて、私に夢を見させる。


あなたは、マルク・シャガールの《恋人たちとマーガレット花》(1949-1950)の、あの黄色の光のような色に包まれる1日になるよ。


そう贈ると


うん、本当にそんな朝だなあ。ありがとう。


その人が伝えてくれる、ありがとうという言葉。付き合い始めてからだいぶ時間が経っているというのに、当たり前に流れている時間に、そっと花を手向けてくれる、その人の心を、愛おしく、思っている。

花を愛でる心のある人は、ありがとうと、刹那的な今を尊ぶ魂が、自然と息づいているのだと、感じる。



今朝、電話をする前に私は軽く朝食を摂っていたのだが、お味噌汁を飲んでいる時に、ふとその人のお椀を持つ手を思い出した。

儚げなものを扱うように、優しく包むように、まあるい温もりを感じさせるような手つき、その指先が、私は好きなのだ。

このコロナ騒動が治ったら、何をしたいかと、お互いの希望を開示し合う日々なのだが、そういえばその人は開口一番に「煮物を作る」と言っていた。お椀を包むその人の手も、手料理も、待ち遠しい。



マルク・シャガール(1887-1985)は私たちにとって思い出深く、共通の好みの絵画作家だ。

その人と話し始めて間もない頃、互いに絵画好きであることがわかり、その人は部屋に飾ってあるお気に入りの絵を見せてくれた。

その中に、シャガールの《Le Bain des Anges 天使の湾》(1961)が飾ってあった。


シャガールにとっての生涯の伴侶であり、創造性のミューズであったベラ・ローゼンフェルド(1895-1944)は、1909年にサンクトペテルブルクに友人を訪ねた折、シャガールと出会う。当時のシャガールは、ロシアの画家、挿絵画家、舞台芸術家であり衣裳デザイナー、レオン・バクスト(1866-1924)の元で修行をしていた、まだ売れる前の貧困画家であった。

バクストといえば、ロシアの興行主セルゲイ・ディアギレフ(1872-1929)が立ち上げた、第一次世界大戦後に繁栄したロシアバレエ団、バレエ・リュスでの《火の鳥》《牧神の午後》《ダフニスとクロエ》等の舞台美術作品や、衣裳デザイン作品が印象的であろう。

Naverで彼の美しい作品を是非みてほしい。⇩

https://matome.naver.jp/odai/2141344973398743001

バクストの作品を見ていると、全ての芸術の各々の独自性を活かしながら、コラボレーションさせることを目指した、バレエ・リュス(リュスとはフランス語で’ロシアの‘を意味する)が当時いかに前衛的で、高度な芸術団体だったのかが見て取れる。

振付師にはバレリーナのヴァーツラフ・ニジンスキー、レオニード・マシーン、

舞台美術と衣装には画家のマティス、ドラン、ピカソ、ブラック、デュファイ、

脚本にはコクトーやアポリネール、

音楽はドビュッシー、ラヴェル、デ・ファリャ、サティ、ミヨー、プーランク、シュトラウス、ストラヴィンスキー...

当時まだ無名だったアーティストも、天才プロデューサーのニジンスキーはその慧眼を持って才覚を見抜き抜擢。

今となっては各分野の大家の顔ぶれで、夢の共演に思わず目を疑ってしまうほどだ。


...だいぶ話が脱線してしまったが、シャガールはそのバクストの元で修行をしていた。

ベラは、宝石商の両親の元に生まれたため、社会的階層の違いにより、当初は交際が猛反対された。第一次世界大戦の勃発も間に挟み、結婚式は予定だった1914年から一年遅れたものの、翌年結婚。1915年ごろからドイツやロシアでの個展でシャガールの作品は売れ始め。徐々に生計も安定してゆく。

その頃描かれた作品に、《誕生日》(1915)がある。

描かれているベラの手には花束がある。

パリで修行中のシャガールを訪ね、始めてあげたプレゼントが花束だったという。


「私は貧しく、私の側に花などなかった。ベラが初めて私に花を持ってきてくれた。...(中略)...私に摂って花は人生の至福を意味するものだ。人は花なしで生きることは出来ない。」


《恋人たちとマーガレットの花》に添えられた彼の言葉だ。





「心を込めて作り出した時は、たいてい何でもうまく行く。頭をひねって作り出しても、おおよそ無駄である。」


「時間は岸のない川である。」


「愛だけが私の興味を引くものだから、愛を取り巻くものとしか私はかかわりを持たない。」


「ただ神のみが手を貸して、私は自分の絵の前で、真実の涙を流すのだ。私の絵に、私の皺、私の蒼白の顔色が残り、そこに、永遠に流動する私の魂が止まるだろう。」


「色は、近い色同士が友人で、反対の色同士が恋人」

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