今の私のこと
「遅い」
道満により部屋の下座的部分に降ろされる。
いわゆる廂(ひさし)といわれる畳が敷いてある場所に座った瞬間ため息混じりに声をかけられた。
声の主は森で出会った男で。彼は母屋の畳の上に頬杖ついて見下している。
森で見た黒いモヤは見当たらない。
目の前の男が軽く右手を挙げると、闇の中から感情の見えない女性が音もなく現れ、私の目の前にお粥が乗ったお盆が置かれる。
「どうぞ」
温度が感じられない声の主はそのまますうっと消えていった。ぎょっとしつつ上座に控えている道満の方を見ると特に気にもとめてない様子。
あれが当たり前とでもいうの…!?ここまでくるとこの建物お化け屋敷なんだけど。
「どうした、食わないのか?」
「う、ううん…。いただきます」
道満の言葉ではっと我に返り、匙にお粥をすくいあげ口に運ぶ。
…久々に食べる暖かいご飯がめっちゃ美味しい。
お行儀なんて忘れてただひたすらがっついていた。
そんな私を見て道満は微笑みを浮かべる。
「どうだ、美味いか?」
「うん!」
首を縦に何度も振り答える。
「道満。お前がそこまでそこのガキを気にかける必要はない」
今まで黙っていた男が道満に指摘を入れる。
「おやじ、でも…!」
「全く…。これから呪術を扱う者が小物に転ばされ泣きわめくとはなんと情けないことか」
道満の反論を遮るように私に嫌味をぶつけてくる男。
「あの程度片手で祓えなくてどうする」
いやいやいや待てよおっさん、無理言うなって。というか待って、この人呪術って…。
「じゅじゅつってなに…?」
思わず頭に浮かんだ疑問がそのまま口に出る。
「お前は森で黒いモヤが視えたであろう」
今は見えないけど?
頭にはてなマークを浮かべたままの私を無視して話し続ける。
「あれは霊力を持った者の目にしか映らぬ。つまり常人には視えぬものだ」
「…うん?いままであんなのみたことなかったよ?」
「お前に潜在的に能力が眠っていたのだろう。そういう場合の者は一度死に直面すると才能が開花することがよくある」
つまり私があの時死にかけたことにより、普通は見えないものが見えるようになったということ。
「そしてお前の身体にはお前以外の魂が入っておる」
「わたしいがいのたましい…」
復唱しても何言われているのかよく理解ができない。この身体に私以外が存在するって言われても、今のところ違和感も何もないし…。
「死にかけてたお前の魂は不安定でな、この道満がちょうど修行の一環であった犬神の魂をお前という器に移したのだ」
まさか人外の魂が私に入っているなんて…!
「じゃあっ…わ、わたしにんげんじゃなくなるの?」
さきほど空になった食器を不躾に音を立てながら置く。
「…そういうやつらはきほん人間となんら変わりねぇんだけど、人間でもあやかしでもなんでもなくなる。お前の場合は『犬神憑き』ってそんざいになる。ようかいがまじってるからお前はふつうの人間より死ににくくなる」
道満が放った人間でも妖怪でもなくなるという言葉に動揺する反面、ゲームの東雲が人間離れしていた理由はこれかもしれないと頭のどこかで冷静に分析していた。
「お前のその内にいる犬神や他の妖怪を支配し退治する術が呪術や陰陽術だ。これからお前はそれらを覚え、そして犬神の力を利用しこの芦屋に貢献せよ」
この男は私を利用することしか頭にないらしい。
「そうさな…道満。お前にこのガキを任せる。道満と主従を結びなさい」
支配とか貢献とか主従とか、きな臭い話。
…本当はあんまり関わりたくないけど、私の話だし、うん、意味わからん振りしとこ。
「はい、しつもんです!しゅじゅうってなんですか!?」
元気よく右手を挙げて尋ねると、道満は芸人よろしく座ったまま上半身だけずっこけ、男は頭を抱えていた。
「主従とは、上の者…この場合は道満だな。道満の言うことをよく聞きよく支えることだ、分かったな?」
「わかりました、えっと、ありがとうございます、どうまんにいちゃんのおやじさん」
「うむ。…おやじさんではなく、お前はこれからワシを師と仰ぎ学んだことすべてを身につけるように。ああ、お前に先程の部屋を与えてやるからもう休め」
お師匠様となった男は私をしっしと払い除けるような動作をする。
「おやすみなさい」
ぺこりとお辞儀をして、その部屋を出た。
「ああ、犬神のためにもあのガキには憎しみの感情を育ててもらわねばな…」
出た瞬間に耳に入ったお師匠様の発言ににぶるりと寒気がした。
きっと聞いてはいけないもの、でも知っておかないといけない事で。
私の事を利用する気満々だとは思っていたけれど、何を考えているのか理解できなくて怖い。
とりあえず、今わかっている情報だけでもちゃんと整理しよう。
奮い立たせるように両頬を軽く2回叩き、与えられた部屋へと走り出した。
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