黒歴史、認定
不安から緩んでいる涙腺を我慢して、両頬をぺちぺち叩く。
何がどうなってるのかよくわからないままだけど、とりあえず道満が言っていた「おやじ」に会いに行かなくちゃ。
…何か分かれば良いんだけど。
廊下を出て真ん中の建物、寝殿を走って目指す。
途中で見たことのない小さな生き物が遊んでいたりこちらを気にするように見つめていたりするけど、気にしないふりをする。
え、なにあれ、今まであんなの見えなかったのに…!!
てか部屋のときにはいなかったのに廊下に出たら見えるってどういうこと!!?
あーー!もう!本当に目覚めてからの情報量が多すぎてキャパオーバーなんだけど!!!
軽くパニックになっているのがいけなかった。
あともう少しでゴールというところで、するりと絡められた何かに足を取られてつまづく。
思考に気を取られていたせいでとっさの対処が出来ない。
「あっ…!!」
やばい、と思った時にはもう床は目の前で。
見事におでこがぶつかり、床ととキス。
当の犯人の蛇のような長い尻尾を持った生き物は『けけけ』と満足そうに笑って外へ去っていった。
それよりも、やばいのがこれ。
前世の時の私は大人だったから転けたくらい平気だけど、今の私は子供だ。
子供は痛みに我慢が出来ない。
「ひっ…うっ…、っふぇえええん、ばかぁーー!!いたいぃぃ」
さっきまでのパニックみたいなのもプラスされもう本当に泣き叫んでいる状態だ。
「なんなんだよぉっ…!…ひっく……ほんといみ、わかんない…!!もぉっ、やだぁ…!!!」
顔から出るもの全部出てる。じゅるじゅるしてる。
借り物の服であることを忘れて袖を濡らす。
「お、おいっ!どうした!?大丈夫か?」
私の泣きじゃくる声が聞こえたのか不思議そうな顔の道満が駆けつけてくれた。
「なんかねっ…!あのへんなどうぶつみたいなのがね、いっぱいいてね、ころばされるし、おでこがいたかったぁっ…」
さっき会ったばかりなのに道満の顔を見ると安心感が出てくる。不安を少しでも無くそうと身体が自然と彼に抱きついていく。
「あー…うん。それはこわかったな。もう大丈夫、安心しろ」
「う、うん…」
「よし、深呼吸しろ。すってー、はいてー……」
「すぅー…はぁー…」
背中をゆっくり優しく叩いてくれる手が気持ちよくていつの間にか涙は止まっていた。
冷静さを取り戻したところで気づく。
これ、めっちゃ恥ずかしい…!
「あ、あのさ…もう、だいじょ…」
羞恥心を誤魔化すように笑おうとしたけど、出来なかった。
道満の表情が先程と違って冷たい目をしていて心臓がきゅうと握られたような気分になる。
「おいそこの小物ども、こいつを転ばせたやつをさがせ。きげんは夜明けまでだ」
すうっと細められた瞳がそこら辺で私立ちを見ていた生き物たちを睨みあげる。
「できなければ、お前たちぜんいんころす」
少年とは不釣り合いな言葉が彼の端正な口から紡がれる。
え、こわ…この人やっぱり怖っ…!
「ちょ、ちょっと…」
いくらなんでもそれは言い過ぎだと、思わず彼の裾を引っ張る。
「お前は気にするな。ここでは芦屋がひつようと決めたものに手をだしてはならない、それをやぶったのはあいつらの方だ」
「そう、なんだ…」
私にはにこやかに接してくる彼にはきっと私の意見なんて関係なくて。
この邸内では芦屋が定めた規則があって、それが絶対らしい。
私の知ってる倫理観とかは通用しないんだ。
暖簾に腕押し、というものを初めて味わった気がする。
ぐぅぎゅるるるーーーーー
…思考の邪魔をするように腹の虫が盛大に鳴った。
な、なんなの、さっきから道満に恥ずかしいとこばかり見せてる気がっ…!!
恥ずかしすぎて両手で顔を隠しため息が漏れそうなのを我慢する。
「あっははっは!そうだよな!はらへってるよな!おやじんとこにメシあるからくいにいくぞ!」
穴があったら入りたいレベルで赤面している私を笑い飛ばしてくれる。
ていうか…そうだった、お腹空きすぎて死にかけてたんだった私!
思い出したら身体は正直で、空腹感が襲ってくる。
早くご飯が食べたくて脚に力を入れようとする…が、うまくいかない。
「う、うごけない…」
「はぁぁ!??」
私が動けないのが予想外すぎたのかゲームでも聞いたことのないくらい大声で驚いていた。
「ったく…しゃーねぇなぁ。じっとしてろよ」
「え、ちょ…!」
彼は私の脇の下に腕を回し、足を持ち持ち上げ歩き出す。
これって…いわゆる『お姫様抱っこ』ってやつじゃない…??
私さっきから道満にギャン泣きなだめられたり、お腹の音聞かれたり、お姫様抱っこされたり一日で前世の羞恥心最高記録越えている。
これでも中身は成人女性だからな!本当に色々と羞恥心抉るの勘弁して…!
黒歴史として今日が登録されそう…。
「お前ろくにメシくってねぇだろ、ひょろっこいな…!」
今日起きたことを思い出して遠い目になりつつある私に道満はとんでもない爆弾を投下してきた。
「男なんだからこれからいっぱい食えよ?」
私はどうやら道満から男の子だと認識されているらしい。
…うん、まぁ、男の子の服着ているもんね、間違えるよね。
とりあえず今の5年間の人生で早くも今日という日が思い出したくもない黒歴史として認定されました。
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