始まり 其の2
ぱちぱちと木炭が焼ける音で目が覚める。
ゆっくり目を開けると蝋燭の灯りが揺らめいていた。
ここ、どこだろう…。
上半身を起こしてきょろきょろ見回してみる。
金持ちが住んでいた廃屋なのか、壊れた所があったり、埃が溜まっているけど高そうな調度品、衣服などが転がっている。
邸内には怪しげな札や祭壇なのか鏡が置いてあったりとなんとも不気味な空間。
左側には縁側があって外が見える。
辺りは暗く、今は夜らしい。
ふと斜め下に視線を落とすと私のそばには火鉢。
まだ少しべたべたする着物を見下ろす。
この格好って戦国時代のドラマとかでよく見た事あるやつ…。
えっとここの記憶では直垂ひたたれって言ってたな。
男性用の服着てるってもしかして私男の子に生まれ変わった…?
あれ、でも今までそんな記憶なかったよ…??
この五年間の記憶が間違いなんじゃないかと不安を覚え思わず股間を掴んでみる。
よし!ない!!
良かったぁ…!女の子で!もし男の子だったらこれからトイレとかどうしようかと…!
「…いやお前急に何さわってんだよ」
ほっと一息ついたところで引き気味の少し高い声が左側から聞こえた。
ぱっとそちらを見やると、私より少し年上の少年がお盆に茶碗のような器をのせて立っていた。
つい、その少年の顔をまじまじと凝視する。
だって前世でプレイしていた乙女ゲームに出てくるキャラによく似ているから。
燃えるような赤い髪、夜空のような深くて暗い青紫色のつり目がちな瞳そして見る者全てを魅了しそうな端正な顔立ち。
ええと、たしか彼の名前は芦屋ど…。
「おい聞いてんのか?」
思考を遮るように立てられるかしゃんとお盆を置く音と私を覗き込む不機嫌そうな顔。
「…ごめんなさい。いろいろよくわかってなくて、かんがえてた」
「ふぅん、そうかよ」
「それでね、このふくなんかまだしめってるなってさわってたの」
股間を触ってた理由が性別確かめてただなんて恥ずかしくて言える訳もなくそれらしい理由を適当につける。
少年は思案気な顔をしたあとすっと立ち上がる。
「ちょっと待ってろ。あ、お前この水ちゃんとのんどけよ」
茶碗を指差したあとばたばたと足音を立て駆けていった。
言われた通りに茶碗の水を口に含む。
身体が水を欲していたらしくすぐに飲み干してしまった。
そういえばさっきのこともう一度考えよう。
名前は芦屋道満で、平安時代の有名な呪術師って設定のはず。
平安時代の乙女ゲームって私がやっていたのが『平安乙女〜妖怪絵巻〜』っていうタイトル。ファンからは『へいおと』なんて愛称で呼ばれていた。
乙女ゲームというフィクションが土台にあるため、本来なら顔も合わせることもない人物が攻略対象としてこの平安京の中に暮らしている。
…乙女ゲームの世界に生まれ変わるとかどこのラノベだよ。
まじかよ、ツイッシターでフォロワーさんたちに報告したい…ってスマホないわ、無理だわ!
なんて現実逃避をしたところで何も変わるわけじゃないので真剣に考えよう、うん。
芦屋道満はヒロインや攻略対象の敵として現れる。
彼は他人は道具で自分の命すらどうでもいいという言動、常に不機嫌で詰まらなそうな表情をすることが多いキャラだった。
そんな彼は他のキャラのENDを全て攻略すると開かれる隠れキャラになっている。
ということは…今の状況的に私は芦屋道満サイドの人間になるわけね…。
まあ私になにか特別な力があるって訳じゃないし、せいぜいモブにしかならないや。良かった、道具扱いされることはあるかもしれないけど、傍観者として物語見届ければいいはず。
とりあえず今後の方針が確定したところで道満が帰ってくる。
「おい、ガキ。おれのお古の直垂持ってきたぞ。あとこの手ぬぐいでからだふけよ」
「ありがとう、ええと…」
一応名前を教えてもらってないので知らない振りをする。
「おれか?おれは芦屋道満だ」
「うん、ありがとうどうまん兄ちゃん!」
衣服を受け取り、笑顔でお礼を言うと彼は柔らかく笑った。
…なんだかゲームとの印象違うな。まだ彼が子供だからかな?
ただ私の名前を聞き返して来ないってことは私に対してさほど興味がないってことなのかもしれない。
「そうそう、お前これ着たらろうかを出て寝殿のほうにこい」
「え、なんで?」
「おやじが話あるんだとよ」
「…わかった」
「んじゃ、おれは先にいってるからな」
踵を返して帰っていく背中を見送って、自分の着ている服に手を掛けようとして思い出す。
そういえば母からの形見が懐にあるんだった。
私に宛てた手紙らしいけど、まだ読んでいない。落ち着いたらゆっくり読むことにしよう。
一度取り出して今度こそ服を脱ぎ始める。
するりと脱げたそれを適当に衝立に掛け、手ぬぐいで身体を拭くと、ある程度のベタつきが取れたので直垂に手を伸ばす。
そういえばこの直垂は道満のお古って言ってたな…。ということはこの邸は芦屋家ゆかりの建物なんだろうか…。
なんか凄いところに拾われたな、と色々呑気なことを考えていると着替え終わった。
懐に大切な形見を片付けて、変な格好になってないか確認するために例の不気味な祭壇っぽい鏡に前に立つ。
そういえば生まれ変わってから初めて鏡見るかもしれない。
そういうのは貴族とか豪族とかのお金持ちしか持ってなくて、村八分にされてた自分には縁遠い物だった。
鏡の中の自分の姿に驚きのあまり思わず持っていた手ぬぐいを落とした。
「え、うそ…」
見覚えのある顔立ちを幾分か幼くした人間が鏡の中で目を丸くして固まっていた。
鴉のような黒髪と赤がまじった茶色い目。光に照らされた部分だけ朝焼けの薄い空の色のような淡い赤色に輝いている。
この風貌に該当するのは、ゲームのヒロインの双子の兄で、妹に対して愛憎の念を抱く悪役として登場する東雲しののめだけだ。
そういう経緯からファンから「悪役令嬢」ならぬ「悪役兄貴」として親しまれてきている。
東雲って人離れした能力の持ち主で道満の従者的人物ってことになってるけど、自分にはそんな能力は何一つ持っていない。
それに母が私に付けてくれた名前も違う。
というかそれ以前に、私は女の子として生まれてきている。
急に自分の存在そのものが朧気に思えて不安と恐怖心が入り混じる。
どくんどくん、と心臓がうるさい。冷や汗が頬をつたう。
唾を飲み込んで、自分自身を証明するようにゆっくりと自分の名前を紡いだ。
「…わたしは、あきは…だよね?」
その問いに答えをくれる人なんていなくて、風の吹く音と一緒に消えていった。
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