乙女ゲームの悪役兄貴のはずが姉貴に転生してしまった!!

瑠輝

始まり 其の1

『貴方は前世というものを信じますか?』

 そんな宗教じみた台詞を吐くおばさんがたまに玄関に来てたのを思い出す。

 今なら言える。前世はあるって。


 えっと、確か出勤時に駅の満員のホームで通行人にぶつかって、線路内に落ちた。そこで運悪くちょうど来ていた電車に引かれたんだった…。


 出勤時に着ていた格好と違って今着ているのは時代劇とかで見たことある男の子の服装をしているし、なによりここで生きてきた五年間の記憶がそのまま残っている。


 ぐぅーーとお腹から聞こえる音に一気に現実に戻される。

 そうだった、今の状況って山奥で迷子になって空腹でぶっ倒れてるんだった。


 気を抜くと薄れそうな意識を少しでも保とうと、記憶の中の自分の手より幾分か小さな手で土をぎゅっと握る。

 ぽとぽと降る冷たい雨が身体の体温を奪っていく。


「おなか、へった…」


 ぽつりと呟いても答えは返っては来なかった。




 そもそも何で迷子になったかというとこの世界でただ一人になった血縁の妹を探すため。

 大人に比べたら子供の体力はないのと、降り出した雨に少ない体力を奪われ普段から感じている空腹感のおかげでこうして倒れるはめになった。

 もう駄目かもしれないなんて思い始めたときに走馬灯のように昔の記憶が流れ込んできたのだ。


 くそ、ここが前世の日本だったら飢えて死ぬこともなく自分も妹も、死んだ母も苦しまなくて良かったのに!


 …双子にさえ、生まれなければ。


 今まで自分たち家族を罵り、気味悪がって村八分にしてきた村人たちと同じ言葉が頭をよぎる。


 それが悔しくて悲しくて唇を噛む。気づいたら涙も出てきていた。


 せっかく生まれ変わったのにたったの五年間で人生終わってしまうのかな…。

 幸せとは言い難い人生だったけど、ずっとそばに家族が居てくれたからそんなに悪いものじゃなかった。

 ただ一つの心残りは大切な妹を残していくこと。

 今一体どこにいるんだ、守ってやれなくてごめん。お前を守るのが母さんとの約束だったのに。


 幼い身体というのは思った以上に涙脆いらしく身体中の水分が全部無くなるんじゃないかってくらいにどんどん目から溢れ出てくる。漏れる嗚咽に軽く咳き込みながら目を閉じる。


 だから気が付かなかった、すぐ側まで人が来ていたことに。


「おい、ガキ。お前生きたいか?」


 冷たい声音に思わず涙が止まる。

 目だけ向けるとそこに居たのは細身の初老あたりの年齢の男。

 男は黒い靄をまとっているのに平然と立っている。

 関わってはいけない、と頭の中で警鐘が鳴るが、聞かずにはいられなかった。

「そのくろいの、なに…?」

「…お前これが視えんのか」

 男はしゃがんで無理矢理前髪を掴んで顔を覗き込む。

 痛いな、おい。


 男は舐めるように見つめたあと、にやりと口角を上げる。


「もう一度聞く。お前は生きたいか?それともこのまま野垂れ死ぬか?」


 生きるか死ぬか、なんて言われたら答えは決まってる。


「いきたいっ…!」

「よし、なら少し寝てろ」


 男は手で目を覆ってくるのと同時に抗えない眠気が訪れる。

 特に感情の込められてない声とは裏腹にその手は少し暖かく感じる。


 ――そのまま意識を手放した。

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