第五章 ミサンガで結ばれた日
Y美とある休日に岐阜北部にある観光地へ出掛けた。
そこでは多くの観光客で賑わっていて、そして郷土品を販売するおみあげ店が軒を並べていた。
その観光地の歩道にもおみあげ品のケースが並び、所狭しと陳列されていた。
私はその風景を見て、幼い頃に通った地元の駄菓子屋を思い出した。
そこでは麩菓子や飴を買った記憶が私の脳裏に蘇り、そして童心に返った気持ちで嬉しくなった。
『ねえねえ!これって素敵じゃない?』
彼女が見つけた素敵な物とは、三色の糸で織られた『ミサンガ』であった。
一見、何処にでも売られている物でもあり、オリジナリティを感じる物でもあり、彼女はそのミサンガが気に入ったようだ。
『ちょっとTETSUOの腕に付けてみて!』
そう言って彼女は私の右腕にそのミサンガを巻いてみせた。
『うん!やっぱりこの柄が素敵だね♪』
彼女も自身の右腕に同じ柄のミサンガを付けて、そして嬉しそうに私の腕と並べてみせた。
『ねえ!このミサンガ一緒に着けようよ?』
彼女はそう言って子供が駄々をこねるように、私の左腕を掴み左右へ振った。
サッカー選手が着けたことで有名となったミサンガ。
当時はミサンガを着けている人も少なく知名度も低かったが、それを着けることの意味も私は周知していた。
『いいよ!Y美とお揃いだね』
お互いの右腕に願いを込めて巻くミサンガ。
それは好きな人との『恋愛の成熟』を意味することで、そして彼女の願いもきっと私と同じ願いだと信じていたかった。
その日は夜遅くまるで観光をして、彼女の家に辿り着く頃には辺りが真っ暗になっていた。
早朝から長い時間を共に過ごしたにも関わらず、彼女との別れ際は名残惜しいものだ。
『じゃあ、またね』
楽しかった彼女との時間に感謝して、私が別れ際にそういうと彼女からは…
『ねえ!今の彼女のことは好き?』
それは、今まで曖昧にしてきたブラックボックスを、彼女から開こうとした瞬間であった。
彼女には詳しく話しをしていなかったが、私の気持ちは既にY美にしか無かった。
でも、今の彼女とも曖昧な関係を保つ私に、Y美もそのことを気にしていたんだろう。
『見て見て!綺麗な星空♫』
Y美はそう言って車から降りると、夜空を眺めながら自分の感情を押し殺しているように夜道を歩き始めた。
私も車から降りるとY美の背後からそっと近寄って、彼女を引き寄せるかのように首筋から右腕を回した。
『あ!素敵なミサンガをしていらっしゃいますね♪』
今日、買ったばかりのお揃いのミサンガを見て、彼女はお道化てそう表現をした。
『ああ!この世で一番素敵な人とお揃いなんだよ♫』
好きとか、愛してるとか、今はそんな言葉を言うタイミングでは無いと私は察した。
だったら自分がそういう立場になって、彼女に堂々と言うべきだと心から思ったからだ。
私は彼女の背後から自分の右腕を彼女の右腕へと近づけて、お互いのミサンガを重ね合わせてみせた。
すると彼女の口元が緩るみ、真横へ広がったことが暗闇の中でも分かった。
『いつか願いは叶うから』
そう私が言って、少し振り向いた姿勢の彼女へそっと優しくキスをした。
彼女と交わすキスは何回目だったろうか?
でも、その時のキスは特別で、そして二人の関係が最高潮の時期だったのであろうと。
二人がミサンガで結ばれた日であった。
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