番外編~音色の心を開くのは筧だけ~

 私は糸井 音色。もう何度目にもなる誕生日を迎えたところ。いつも通りLINEとインスタグラムに届くお祝いのメッセージ。既読とスタンプくらいは付けなきゃ、そう思って1つ1つのメッセージを開いていく。でも。

「あー面倒くさい!」

 何が既読無視だ。何が未読無視だ。なんでうわべだけの言葉を丁寧に受け入れて律儀に返さなきゃいけないの。

 私はスマホをベッドに投げ、数学の問題集を開く。こんなことしている暇があったら勉強した方がマシだ。

 

 何度こうしてきただろう。いつの間にか私のまわりには誰もいなくなっていた。誕生日が来てもLINEの通知やインスタグラムの通知は0のまま。

 それとは反対に成績はどんどんと伸びていった。

 きっと勉強はできるけどダメな奴、なんだろう。私は。

 県内随一の進学校に合格した時も祝ってくれたのは家族だけだった。一切発言をしていないクラスLINEでは「○○ちゃんおめでと~」「そちらこそおめでと~!!」という言葉で溢れかえっているというのに。

 とは言いつつ、はっきり言って女子っぽい閉塞的かつ表面上の付き合いが私は心の底から嫌いだ。バカなように見せかけてしっかりと裏では損得勘定をし、得の多そうな相手にだけいい顔を見せる。いい言い方をすればたくましいのだろうけど、それはずるいということでもある。だから、私は今この状況にある。

 でも……。誰か1人でも。心から誕生日を祝い合えるような人がいれば……。何か変わったのかもしれない。

 

 

 

 

 俺は狐上 筧-こがみ けん-。おもて老いし男子だ。

 今日は高校の合格発表の日。俺の受験番号は152番だ。合格者番号が貼り出されている高校の中庭に向かう途中で俺は声をかけられた。

「もしかして筧?」

「おお、音色?」

 こいつは糸井音色。中学は県立のところを受験して見事合格していたがここでまた再開するとは。

「音色のとこって高校もあったよな」

「まあ将来のことを考えるとここの方が選択肢広がるし」

 そうか、やっぱ将来のこととかちゃんと考えてるんだよな……。俺はちょっぴり自分が情けなくなる。

「んでもう見てきた?」

「うん」

 その表情から察するに……。

「合格だった?」

「おかげさまで。筧も合格してるといいね」

「まあ結構先生からは厳しいって言われたけどな」

「それ絶対脅しだって。あ、ごめん足止めさせちゃって」

「あ、全然大丈夫だよ」

「じゃあ私先に帰るから」

「あっ……あのさ……。一緒帰らない?」

「え、いいけど……」

「ちょっと待ってて」

 俺は音色にそう言い残して中庭へと走り出した。

 あれは……。今日みたいな春の入り口の日だった。

 

 

 

 

「はじめまして、弧上筧です。よろしくお願いします」

 俺は4年前ここに引っ越してきた。誰1人として知り合いのいないこの地に。転入生の恒例行事黒板前での自己紹介をして頭を下げた。そして頭を上げたとき音色と目があった。その瞬間、俺は恋に落ちたのだ。一目惚れなんか100%しない、そう思ってたのに。それから頭に浮かぶのは音色のことばかりだった。次の学年に上がっても同じクラスで、少しずつ距離も縮まったが告白する勇気なんて出なかった。

 そして、音色は別の中学校へと行ってしまった。遠く遠く手の届かないところへ。だから俺は必死に勉強した。「筧変わったね」とよく言われた。すべては音色にもう1度会うために。

 そしてそれが……叶った。

 

 

「あった……。合格だ……」

 俺はもと来た道を走り音色の元へと走った。

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