第8話 『雨の独り言』


 私が幼い頃を過ごした川沿いの村に、キヨはいた。

 いつも青い衣を着て庭先でぼんやりしている娘だった。

 少々と思われていたそのキヨ、雨になると様子が変わった。

 濡れながら、一人で歌ったりしゃべったりする。

 ある日、長雨ながあめで退屈した私は気紛きまぐれにキヨの庭をのぞいた。

 そぼ降る雨の中、彼女は舌足らずな声で耳慣れない歌を口遊くちずさんでいた。


 雨のしずくの哀しさは

 めぐり行く身の頼りなさ

 山を濡らして地にみて

 川と流れて海へ出て

 花も草木も仮の宿

 共に長くと思えども

 巡り行く身に暇はなし

 天に昇って繰り返し


 私は何か、紫陽花あじさいの精でも見ているような心地になった。

 その時だ。キヨがあらぬ方を向いて、山津波やまつなみ? と首をかしげた。

 翌日、上流で川があふれ、村を岩石混じりの濁流が襲った。

 幸い死者は出なかったが、多くの者が家を壊され、転居を余儀よぎなくされた。

 雨の声を、キヨは聞いたのかもしれない。

 彼女の言葉にもっと耳を傾けておくのだったと、私は今も悔やまれてならない。

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