第6話 『帰り道の忘れ物』

 屋敷は大騒ぎだった。

 ジィジが、遺産相続に関わる重要書類に誰の名前も書かずに世を去ろうとしていたからだ。

 当のジィジがまた目を開けた。

 天蓋付きのベッドを囲んだ連中が更に声を大きくした。


「お爺様!」


 僕も知らないおばさんだった。


「私です。謙三の娘の玲子。覚えています?」

「……どちらさんで?」


 あぁ、と皆が項垂れた。


「玲子もダメか」

「あと誰が残ってんの?」

「くそ。どういう了見だよ親父」

「大事な家族に何も残さないつもりかしら」


 大事な家族? は! よく言うよ。

 死出の旅路から皆の大声で呼び戻される度、

 帰り道に記憶を落としてしまうのか、ジィジは親族を次々と忘れた。

 それでいいさと僕は思う。忘れていいさ。

 大病しても死にかけなきゃ見舞いにさえ来ない、薄情な奴らのことなんかさ。


 やがてジィジは親族を一人残らず忘れ去った。

 最期の時、こっちを見て微笑む彼に、

 いつも通り僕は籠の中から応えてあげた。


『オマエダケダヨ、キューチャン』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る