イブ、買い物中に日本人を拾う

「今日はいい天気ね〜」


私は、ムーと街の中を歩いていた。

私ことイブは、只今17歳。今を輝く女の子だ。


ムーは3つ年下の男の子。とてもかわいいと常々思っているけど、別に付き合っているわけでは無い。

ムーというのは彼の愛称で、名前はグラムという。


「そうだね。イブ」


あどけない笑顔でそう応える。

はあ、かわいい……。


私は心の中でそう思った。控えめに言って、彼は天使だ。天使がどういう存在かは知らないけどね。


「どうしたの?なんだか嬉しそうだね」


目線よりちょっと高い位置から、覗き込む様に話しかけてくる。


ムーは、私より背は低い。彼は首巻いた薄手のストールを後ろにたなびかせながら、フワフワと宙に浮いている。私が歩いていると、歩く速さに合わせて後をついてくる。


見慣れてしまったのだが、この街の人達は基本的に歩いて移動をしている。宙を浮いて移動する人などはほとんどいないのだ。


だから、珍しさからか、ムーと歩いていると周囲から視線をよく感じる。初めはそれも気にはなっていたけども、人の慣れとは恐ろしいもので、今ではあまり気にならなくなった。


「今日の夕食は何にしようかな。久々に老師も帰って来るから多めに買っておかないとね」


「そうなんだ!イブのお師匠さんって、僕あまり見たことないんだよね」


「まあねー。だいたい、どっかに出かけているもの。そもそも今晩だって、あの人は食事するかどうかも分からないし。……ああ、でも、食べ物なくて小言言われるのも嫌だしなあ〜」


私は、ちょっと困り気味に言った。


「たまには作ってみたら、イブ?絶対喜んで食べてくれるよ」


おっと、それはNGワードだ。


途端に、私はうっとなって、言い訳を思い巡らす。


何故かって?だって、料理を作るのは大の苦手なのだ。まあ、たまにパスタを作って食べる事があるが、それは楽で失敗が無いからであって、あれを料理と言ってしまうと、他所で自分の首を締めかねない。


それにしたって、ムーも、私が料理苦手なのは知っている筈なのに、たまに、こんな意地悪に聞こえる事を言う。それでいて、本人には全く悪気がないとくるものだからタチが悪い。

もう、天然というか、何というか。まあ、そこも含めてかわいいんだけどね。


「うーん。食べるかどうか分かんないのに作るのは嫌だな。なんか時間を無駄にしている気がする。うん」


苦手という言葉を伏せながら、適当に話を合わせる。


……お、今喋っているうちに、自分の納得いく答えが出たぞ。そうだ、調理にかける時間が勿体無いかも知れない。そんな時間があるならば、私は本を読みふけりたい。……よし、これだ!


「イブ〜?本を読むなら、料理の本も、本だよ」


な……ん……と!君は、心が読めるのか?

言い訳の逃げ先を塞がれてしまい、話す前から袋小路に追い詰められた。


なんだか、彼の屈託のない笑顔が、だんだんと悪魔の微笑に見えて来たぞ。まあ、悪魔が何かなんて知らないんだけどね。


「きょ、今日は無難に、大衆食堂に行ってテイクアウトする事に決めたわ!あそこなら、ちゃんと品数もあるし、味もハズレがないから!ね?!」


「えー!結局、いつもの所なのー?!」


無理矢理に誤魔化すが、ムーは、これから盛り上がりそうな話題を、意図しない形で打ち切られショックを受けている。


ごめんね、ムー。料理が上手くいかなかった時に老師の怒りを買うリスクを考えると、それは容認できないんだよね……。


「専属のコックが欲しいわね。私が作るよりも、料理の上手い人に頼んだ方がよっぽど建設的だわ。」


「もー!イブは、またそんな事言ってすぐに誤魔化すんだ〜」


だって、それが一番合理的だものっ!

……とはいえ、専属のコックを雇いたいとか言ったら、老子のことだ。たんまりと怒られてしまいそうだけども。


「っと、その前に。リンゴのストックが無くなりそうなのを思い出したわ。これから青果市場に寄ろっか。付いて来てくれる?」


「うん。いいよ!」


「ありがと」


リンゴは常備品だ。輪切りにして読書中に食べる。中に蜜が入っているリンゴに出会うと、少し嬉しい。読書も捗る。


私達は、そんな他愛もないやりとりをしながら、青果市場を目指すことにした。


まあね。怖い人だから少し緊張するとはいえ、やっぱり老師に会うのは嬉しい。今日は良い日だ。



……しかし、不意に、違和感を覚えた。

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