第2話
片づけてからあらかじめ用意していた携帯ゲーム機に電源を入れようとするが部長の声に遮られる。
「久ちゃんて好きな子いるのー?」
「唐突だなー」
「ほら、藤崎さんのついでに聞いとこうかなーって」
「いない」
「じゃあ可愛いなーって子いる?」
ここで舞さんって言ったらあれこれ聞かれそうだしあの子にしとくか。
「斎藤亜里沙。あの子はかわいいと思う」
彼女はちょっとした有名人だ。特別成績が良いわけでも部活をやっているわけでもない。そんな彼女が有名な理由、それはその外見だ。
人形のような長い髪と白い肌と整った顔立ち。おまけに顔には妙な色気がある。ハーフだって噂も聞いたことはあるけど詳しくは知らない。
美人のオーラみたいなのが出ていて個人的には苦手だ。けどこういう人間はこの手の話題には使いやすい。
「そっかー」
「小学校おんなじだったんだよ」
「へー。昔はどうだったの?」
「おとなしい子だった」
小学生の頃だったからあまり憶えてないけど、当時のあの子からは今みたいな人が寄りにくいオーラみたいなのは出ていなかったと思う。
でも昔の話だ。小学校を卒業して3年以上過ぎてるんだから変わってもおかしくない。それにいつまでも小学生の頃を基準に人を見るのは失礼だろう。
「ふーん」
それっきり部長は著作活動を再開し、俺はゲームの電源を入れた。
「部活って興味ある?」
去年、部長が俺を誘った時の言葉だ。俺と部長は同じクラスだったけど仲の良いクラスメイト程度で特別仲が良い訳じゃなかった。
どうして俺? と誘われた時に思ったことはまだ憶えている。
「ウチのクラスで部活やってないの久弥君だけじゃん」
「俺、何していいか知らないけどいいの?」
長い文章なんて読書感想文しか書いたことはないし、文芸部が何をする部活なのかも知らなかった。
「いーよー、毎年文集出すけどそれはウチが書くから」
断る理由の無かった俺は誘いを受け文芸部員になった。あの時は分からなかったけど今なら俺を誘った理由が分かる気がする。
部室の窓からは、運動部の掛け声や吹奏楽部のパート練習が聞こえてくる。それなのに1人で部室にいのが寂しかったんだろう。
男女1人ずつの部活だから恋愛ネタが好きな人間に何やってるのか聞かれたこともあるけどそいつらの期待に応えられそうなことは何もないしその片鱗もない。
だけど何かを始めた訳でもなく、部室で宿題を片付けたり持ち込んだ携帯ゲームで時間を潰すだけ。
部活動らしい部活動は過去の文集をパラパラと読むか文集の整理整頓だけで、そんな俺とは違い部長はパソコンで何かを書いている。
何だか悪い気がして何かやった方がいいか聞いたこともあった。
「やりたいことがあったらでいいよ」
その言葉に甘えて今も何もしていない。
そのまま放課後になり辺りは暗くなってきた。俺と部長は帰る準備を始める。準備といっても俺がやることは自分の持ち物を片づけるだけで部長を待つのがメインだけどね。
「よーし帰ろう」
カギを閉めた部長がこっちを向く。今部室には誰もいない。辺りはもう暗くなっている。
「十代の内はいきなり見えることがあるって。久ちゃんも気を付けなよー」
「何に気をつけるんだよ」
俺に霊感のコントロールができるわけない。
「言ってみただけ。見えるようになったら教えてよ」
「気になる?」
探るように聞いてみる。人魂の話をしていた時のは部長の延長のような話し方をしていたけど本気で聞いているような気もしたからだ。
「ちょっとだけ。じゃあねー」
「お疲れ、部長」
「おう」
校門で部長と別れた。彼女の家は俺の住むアパートと別の方向にある。
「人魂ね」
部長を見送ってからさっきまでいた校舎を見る。明かりの無い窓が大半で幽霊や人魂はいそうといえばいそう。けど暗くなった学校なんてそんなもんだよな。
舞さんはまだ学校にいるんだろうか? それとももう帰っているのだろうか?
俺の住むアパートの隣には大家さんの家がある。舞さんが住んでいるのはそこだ。携帯の番号だって知っているけど調べるほどのことじゃないか。帰ろう。
――――――――――
「行くか」
そろそろ風呂に入って寝るかとも考えていた夜の11時、俺は自分の欲求に耐えきれずコンビニに行くことを決めた。部屋着からジャケットとジーンズに着替え外へ出る。こういうことができるのも1人暮らしの特権だね。
コンビニで目当てのモノを買って外に出ると学校までの夜の通学路が目に入った。アパートは学校まで歩いて20分、コンビニまで10分の場所にある。コンビニはアパートと学校の間にあるから足を延ばせば学校まで行ける。
「人魂かあ」
無意識に口が動いていた。
俺の目には深夜独特の静かで明かりが無ければ10メートル先もろくに見えない世界が広がっている。見えなくても分かるのは学校とアパートへの道順だけだ。
舞さんが1人でウロウロしてるって部長が話してたけど、文化系の部活に入ってる訳でも無いのに文芸部の辺りをウロウロしてるのも変だし、もしかして舞さん本当に人魂捜してたりして。
どうだろう? ないかな? ちょっと行ってみるか?
自分の中に浮かんだそんな考えを慌てて否定する。
バカバカしい、携帯もないのに行ってどうするんだよ。本当に人魂を見たってどうにもならない。さっさと帰って寝よう。明日も学校があるんだ。
そんな反論がすぐに浮かぶ。頭では分かっている。後ろを向いて帰るだけ。帰ろう。帰るんだ。なのに足が動かない。まるで引き寄せられているみたいだ。この感覚は何だろう、このまま帰ること自体に何も問題はない。それは分かる。
でも何というか、このまま帰るという考えにムズムズする。舞さんがいるかもしれないと言う勝手な思い込みが自分の中で大きくなってしまっているからだと思う。部室で聞いた時は興味が無かったのに夜の学校を見に行ける距離って状況に引っ張られたのもあるかもしれない。とにかく、家に帰ってしまえばこんなのは収まるはずだ。
だけど、帰るなよ、ちょっと見に行くくらいいいじゃないか。そんな考えが俺をこの場所に引き留める。
大きくため息をついた。
まるで小学生だ。それが分かっているのに止められない。このまま突っ立っていてもしょうがない、さっさと自分の誘惑を解消して帰ろう。でも、舞さんや部長に話すネタにはなるから損は無いかもしれない。
そう決めてコンビニの袋を手に持ったまま歩き出す。
小学生の頃は夜の景色を見るのが好きだった。特に家や学校の周りを見るのが好きで大きな木が幽霊みたいに見えて怖かったことは今でも憶えている。
見慣れた場所、見慣れた風景が全く違って見える。まるで違う世界にいるような、そんな気持ちになれるのが好きだった。
家までの帰り道を遠回りしたこともたくさんある。どうしてそんなことをしていたのか。今ならわかる。冒険しているつもりだったんだ。
学校への道を歩きながらそんなことを思い出した。コンビニに行くときよりフットワークが軽くなっているのが自分でも分かる。
あの頃の冒険には充実感があった。でも今得られるのは自分自身を見つめ直したくなる現実だけ。そんなことは分かってる。
今の俺は小学生の俺と何も変わらない。自分の好奇心だけで動いている。子供であることを思い知らされているみたいで情けないけど、小学生の時好きだったマンガを急に読みたくなったとか、きっとそんな感じで子供の頃を思い出しちゃったんだろう。
掃除をしていたら懐かしいものがたくさん出てきてそっちに気を取られて掃除が全然できなかったってこんな感じなんだろうな。
「ですよねー」
校門に着いて校舎を見つめると昼間とは違い学校の門は閉じたままで、どの窓も真っ暗なせいもあって人魂どころか電気の光すら見えない。
脱力、この一言しかない。口から言葉が漏れると同時に肩の力も抜ける。探検ごっこはもうやめて帰ろうと学校に背を向けた。
学校では人魂が見える。
自分の体が何か得体の知れないものに貫かれた感覚と同時に両足から力が抜け倒れこんでしまった瞬間、その言葉を思い出した。
誰かの声らしいものが聞こえる。
女の声? 体を動かしたくても力が入らず首すら動かせない。分かるのは自分がうつ伏せになってるってことだけだ。
俺の体はどうなったんだ? 足音が聞こえる。こっちだ、こっちにやってくる。
何だろう? 俺に近づいてくる、足音が止まった。
何をする気だ? 相手を見たい、けど目が動かない。
手の感触? 誰かの存在がすぐ近くにある。
匂い? 嗅いだ事のあるようなにおいがする。
これは、シャンプーの匂い?
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