俺と舞さんの変な光に振り回される日常

白黒セット

第1話

 退屈な日常は幸せだという言葉がある。これが本当なら俺は幸せな日々を過ごしていることになる。幸せはなるものではなく感じるものだという言葉もある。だとしたら俺は幸せを感じるべきである。


 2つとも今読んでいる本にある言葉だ。これを書いた人はどんなときに幸せを感じるのか。聞いてみたい気もするけどそれはできない。

 理由は簡単で書いた人はとっくに卒業しているからだ。


「久君、何読んでるの?」

「文集だよ」


 1人の女の子が俺に話しかけてきた。同じクラスの舞さんだ。

手に持っている本を閉じ彼女に顔を向けた。俺が椅子に座っているのに対し舞さんは前かがみ気味に立っている。

 その体勢に合わせて背中まで伸びた長い髪を後頭部で1つにまとめた髪が軽く揺れた。


「文芸部の?」

「うん。俺も一応部員だし一回ぐらい読んでみようかなーって」

「面白い?」

「どうだろ。何かあった?」


 この人は放課後になるとすぐにどこかへ行ってしまう。だからこの時間に舞さんと話すのは珍しい。


「何もないよ。教室でを本読んでるのが珍しかっただけ。私帰るから久君も気を付けて」

「了解」

 

 手を振って見送る。教室の時計を見ると放課後になってから30分以上過ぎていた。その間ずっとこの文集を呼んでいたことになる。

 確かに珍しいかも。


「顔出すか」


 カバンを持ち文芸部に行くことにした。


「久ちゃん久ちゃん、それどうだった?」


 文芸部の部室に入ると、この部屋の主ともいえる部長に声をかけられた。俺や舞さんと同じ2年生で、部長をやっている小柄な女の子だ。


「よく分からない」


 部屋の奥、正確には隅っこにいた部長が椅子に座りながら俺の方を向いている。どうやら机にある旧式のパソコンで何かを書いていたらしい。

 そんな部長に俺は感想を正直に言った。


「あーやっぱり。それね、書いたのお母さん」

「へー」

「文芸部だったから。こういうの書いたりするの好きだったんだって」


 確か部長の親もここの高校に通ってて文芸部だったんだっけ。親に廃部になったら嫌だから入ってくれって頼まれたって笑ってたな。


「これ、ポエム?」

「そんなもんかな。よく知らない」

「部長がそんなんでいいの?」

「いいんだよ。名前だけだし」


 部長が言っていることは嘘じゃない。3年生が卒業し新入生は入部ゼロ、文芸部の部員は俺と彼女の2人だけだ。

 部長をやっているのも1年の春からいるという理由だけで、立候補も推薦も受けた訳じゃない。聞いた話じゃ1年生はもう1人いたけどやめてしまい、1人になった彼女は俺を誘った。


「そうだ、久ちゃんって人魂とか見たことある?」


 俺が近くの椅子に座ると部長が変なことを言い出す。


「人魂? 部長霊感あるの?」

「ないよ。久ちゃんあるかなーって」

「俺もないよ」


 部長はパソコンに向かったままなので顔は見えない。何かの例えか冗談か、それとも本当に見えるのか。どう返していいか困った。


「誰か見たの?」


 部長は地元の人間だから友人知人から聞いたのだろうかと考え、1番ありうる可能性を口にしてみた。


「そんなとこ。学校で見たんだって。怖いねー」

「見間違いじゃ?」

「そう思うよね。けど何回も見たんだって」


 部長はパソコンと向き合うのをやめてこっちを見た。舞さんとは違い無造作に伸ばした髪もその動きに合わせて揺れることで存在を主張する。

 彼女の顔は冗談を言っているようには見えず、本気で何かの相談をしようとしている顔だった。


「最初はさ、写真とか動画撮ろうしたんだって。けど全然映んないし見えるしで……」

「怖くなった?」

「みたいだよ」


 けど人魂って言われてもな。


「金縛りとか?」

「ないよ」

「じゃあ気にしない方がいいんじゃない?」


 その人は気の毒だと思うけど、霊感が強い人の話を聞かされてもなあ。霊感の強い友達が家に遊びに来てくれない人の話ぐらいしか浮かばない俺には何もできないよ。


「だよねー。ウチも最近こういう話聞くから気になっただけ。気にしても意味ないよね」

「多いの?」

「うん。見える子は見えるみたい。この学校の近くでだけ見えるんだって」


 部長は指で下を指している。


「家に帰ると見えなくなるけど学校にいると見えるって怖くない?」

「そりゃ怖いかも」


 本当に人魂かもしれない。


「で、本題だけど」

「本題?」

「うん。ウチにはこっちの方が重要」


 彼女の顔はさっきまでとはまるで違う。表情がコロコロ変わる人だ。


「久ちゃんって藤崎さんと付き合ってんの?」


 吹きかけた。部長の言う藤崎さんが舞さんのことを指すのは分かる。彼女の名前は藤崎舞だ。けど部長は何を根拠に付き合ってると思うんだ?


「……何で?」

「えー、だって仲いいじゃん。いつも一緒にいるし」

「いつもはいないよ」

「そう見えんの」

「俺も舞さんも引っ越し組だから他に知ってる奴がいなかったってだけ」


 部長の想像とは絶対違う。


「そっか。あ、だから1人暮らしてるんだ」

「うん。親に仕事で引っ越すから高校生になったら1人暮らししてみないかって聞かれて、じゃあやるって」

「久ちゃんの親って何してんの?」

「2人とも何かの研究。機密とかでよく知らないけどそれが忙しくなったんだと」

「ふーん、1人暮らしってどんな感じ? やっぱ大変?」

「全然。朝はパンでいいし昼は学食あるし」

「充実してんねー」

「でしょ。舞さんだけどあの人俺が住んでるアパートの大家さんの家に住んでるんだよ。で、大家さんと俺の親が知り合いだからそれがきっかけ」


 こういう時は変にごまかすよりは話した方がいいよな。


「それだけ?」


 探りを入れる様な聞き方だ。不快感はないけど興味を持たれているのは分かる。部長もこういう話に食い付くんだな。


「そうだよ」


 他人からはそんな風に見えるもんなのかとは思うけどこっちは何も隠していないのだからこう言うしかない。


「そっかー。何かあると思ったんだけどなー、残念」


 どうせ適当なことでも言ってるんじゃないかって思っていると今度は指を廊下に指した。もちろん部長だ。


「たまにね、あの辺にいるんだよ」

「人魂が?」


 ボケてみた。


「その話は終わり。藤崎さんが」


 効果は無かった。


「舞さんが? 何で?」


 終わったことは忘れよう。今は舞さんだ。


「知らない。1人でこの辺ウロウロしてさ、久ちゃんに用かなーって聞いたら違うみたいだし。何してんだろうね」


「そりゃ変だ」


 舞さんは帰宅部のはずだから確かにおかしい。


「でしょ。ウチはこっそり久ちゃんに会ってると思ったんだけどなー。ほら、付き合ってるの隠したがる人っているじゃん? 藤崎さんもそんな感じかなーって」

「気になるんなら今度聞いとこうか?」

「いーよ。でももしかしたら……」


 何だろう。何か思い当たることでもあるんだろうか?


「人魂捜してたりして」 


 それから部長はパソコンに向き始めた。舞さんほど長くはないけど背中に届くくらいの長さをしたストレートの髪が目に映る。


「それ、ちゃんと片付けてねー」


 部長の言う通り教室で読んでいた文集を片付けるため備え付けのロッカーを開けた。そこには文芸部の過去の栄光とも呼べる文集が並んでいる。


 ここの文芸部は文集の内容を自由にできたらしく、自作の小説やマンガ、詩や俳句、時事問題に対する意見からから好きなマンガやアニメの感想、ゲームの攻略法まで書きたいことがあったら何でもありだったらしい。よく分からない内容のものもあるけど色々なことが書かれてあるのを見るのは面白かった。


 とはいえそれは全盛期、つまり過去の話だ。昔の文集はちょっとした本みたい厚かったけど最近のは修学旅行のしおりみたいになってしまっている。おかげで俺は盛者必衰と諸行無常の意味を理解することができたけどね。


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