episode.11



 さとちゃんが見送る中、私はナナさんの部屋を訪れた。


 コンッ、コンッ。と二回ノックをするが返事はない。


 ゆっくりと扉を開くと、部屋は電気が付いていてベットの横に布団が敷かれていた。どうやら私の寝床らしい。

 隣にあるベットの方に目を向けると布団に深く被るナナさんの姿があった。


「……あの、改めて今日からお世話になります」


 そう言うと、ナナさんの布団が少し動いた。


「電気付けたまま寝ますか? 消してもいいですか?」


 そう聞くと、相変わらず布団をかぶったままではあったが、そんな中で「消していいよ……」とこもった声が聞こえた。


 それを聞いた私は、扉のすぐ側にあるスイッチを押し、電気を消した。



 その後、直ぐに布団に入ると一気に眠気が襲ってきた。


 この二週間、さとちゃんを思って中々眠れない日々が続いていた。

 そして、今日はそのさとちゃんとの再会も果たす事が出来た。それと同時に、過去へタイムスリップしたなどと、色んな事があり過ぎて心も身体もとても疲弊していたのだ。


 夏場でもその布団の暖かさは心地良くてウトウトしていると、さとちゃんに言ったことを思い出す。


 そうだ。ナナさんのこと任せてって言ったんだ。


 さとちゃんとの約束を果たすべく、私は眠気が襲う中、自力で身体を起こした。


「あの……、まだ眠ってないですよね?」


 暗闇の中、隣にいた布団に声を掛ける。すると、その布団は私に返事をするかの様に少し動いた。



「少し……、お話しませんか?」



 そう言うと、布団の中からまたこもった大きい声が聞こえてきた。


「寝た!」


 そんな彼女の答えに気にする事なく私は語り始めた。


「私、中学一年生の頃に母の再婚がきっかけでこの町に引っ越して来たんです。転向した学校でさっちゃんとは出逢いました。あれは……」

そう話し進めていると、その途中で隣の布団が勢いよく開いてナナさんが顔を出した。


「寝たって言ってるじゃん!」



 そう言ったナナさんの顔は暗くて良く見ていなかったけど、声のトーンから怒ってる事は分かった。


「起きてるじゃないですか。……少し私、いや、さとちゃんの話を聞いてくれませんか?」


 そう言うと、少し沈黙した後、再び布団をかぶるナナさん。



「……」



「……」




 今度はナナさんの返答があるまでしばらく待った。


 すると今度はこもっていない、ナナさんの声がはっきりと聞こえてきた。




「早く話しなさいよ……、続き……」




 その言葉を聞いて、私はまた彼と出会った出来事についてを語り出した。



「転向して来たのは中学一年生の秋の頃でした。

 初めて入る学校。

 初めて入るクラス。

 元々緊張する性格じゃなかったんですけど、その時は珍しく緊張しちゃって、自己紹介の時、思わず噛んじゃったんです。

 それがきっかけでクラスの皆んなに笑われちゃって。

 そんな中、一人だけ優しい笑顔で手を差し伸べてくれた人がいたんです。

 それがさとちゃん……。

 その時に私はさとちゃんに惹かれちゃったんです。

 いわゆる、一目惚れでした。ちょろいですよね。自分でも笑っちゃいます。


 でもその後、休み時間になって私をからかいに来た男子達がいたんですけど、私元々やんちゃで前の学校では問題児扱いされてたもんだから、くだらない事で笑ってくる男子達に腹が立って殴りかかってやろうとしたんです。

 でもその時、私の前に入って来てくれたのがさとちゃんでした。

 さとちゃんは私をからかう男子達に『人の失敗を笑うな』そう言ってくれたんです。

 あの時のさとちゃんは凄いカッコ良かったです。

 今でもあの言葉は忘れられません……。

 そんなさとちゃんに好かれたくて、私はすぐキレたり暴力的な性格から今のようになったんです。

 今の自分は凄い好きで、さとちゃんのお陰で変わる事ができて、自分を好きになれました。


 その冬に私はさとちゃんに告白しました。

 その時に当時の私を助けてくれた事を話したら、『あの言葉は母の受け売りなんだ』って笑って答えてくれました。

 それが彼との馴れ初めです。

 だから私はあの時、助けてくれたさとちゃんは勿論、そのお母さんであるナナさんにも感謝してるんです……。

 私、ずっとナナさんにお礼が言いたかったので、改めてここでお礼を言わせてください。

 あの時、助けてくれてありがとうございます……」



 私が話し終えると、ナナさんは私に背を向けたままに答えた。



「べ、別に……、未来の私が言ったとしても、今の私はそんな事言ってないし……。そんなの未来の私に言えばいいじゃない……」



 そう言って不貞腐れていた。


 未来じゃ、あなたに会う事が出来なかったから言ったんですよ……。


 私は言いたかった事を話しスッキリとしていると、こちらに顔を向けて来たナナさんが口を開いた。


「ていうかそれ、悟の話じゃなくてやっぱりあなたの話じゃない!」

「……あはは、バレました? ああ言わないと話、聞いてもらえないと思って」

「あんた本当に性悪よね。昔と変わってないんじゃない?」

「そんな事ないですよー。さとちゃんの前ではちゃんと今でも猫被ってますから」


「あ、今言った。猫被ってるって。そんなの直ぐバレちゃえ。この泥棒猫」

「あれ? さとちゃんに告げ口しようとは思わないんですか?」


 私がそう煽ると、再び背を向けるナナさん。


「……どうせ告げ口したところで、悟は何も変わらない……。悟はそういう子なの……」


 彼女のその言葉に私は少し驚いた。


 いくら血が繋がっている親子だとしても、まだ十四歳で自分より年下の女の子だ。

 立場上は母親であっても、あまり自覚していないものだと思っていた。だけど彼女が今、さとちゃんの事を思ったそれは紛れなく母親そのものだった。



 じゃあ、どうして……。



 自分が彼女に感じているものが本当の事なのか疑い始めていると、彼女は続けて私に声をかけた。



「私に言いたいことはそれだけ?」



 彼女もまた私の真意を見抜いていた様だ。


 ここからはさとちゃんの”カノジョ“として言わなくてはいけない。


 本人が気づいているのかそれに気づかせていいのかは分からない。けど、どうしてもこれだけは言っておかなくちゃいけない。だって、私はさとちゃんが好きだから……。



「ナナさんは、さとちゃんの事……、どう……、思っているんですか?」



 そう切り出した私は、真っ直ぐにナナさんを見ていた。

 その姿にナナさんは驚いた表情をすると、直ぐに顔を背けた。



「ど、どうって……、悟は私の息子よ。それ以上でもそれ以下でもない……」



 そう言った彼女の言葉はどこか悲しく聞こえた。


「悟が未来からやってきた時から、私は悟が息子だって、そう思ってる……」

「……ナナさん、そうじゃなくって……」

「うるさいなぁ! あんたには関係ないでしょ!」



 そう言ってまた私から逃げるよう布団を覆い被さる彼女。


 そうした彼女を見ているととても辛く、悲しく思えた。


 ナナさん……。ナナさんは気付いてるんだね。でも、その気持ちは許されない事。だから一人抱えて逃げる事を選んだんだ……。


 そんな彼女の姿にいてもたってもいられず、私は起き上がると、彼女の布団を剥ぎ、無理やりに彼女の身体を自分の方へと向かせた。



「関係なくないよ! だって私はさとちゃんの“カノジョ”だもん! 私が聞いているのは、あなたの『息子』に対してじゃない! 今あなたのそばにいる『悟』っていう一人の男の子に対してどう思っているのか聞いてるんです!」



 少し強く言い放つ私に少し動揺して彼女は私から目をそらした。


「な、何言ってんの……。悟は何があっても私の息子……。悟だって、そう……」

「だから、そうじゃなくって、ナナさんの本当の気持ちを教えてよ! 自分の気持ちから逃げないで! 自分の気持ちに気付いててその答えから目を背けるのは卑怯よ……」


 そう言った私に彼女は目を合わた。すると次第に目が潤みだし、彼女は涙を流した。



「だって……、だって、悟は……、わたしの……、私の大切な……」



「私はさとちゃんの”カノジョ“だよ。そんな相手にこれ以上自分に嘘を付き続けるの? それはナナさんにとって、とても辛い事じゃないの?」



 私は優しくそう諭すと、彼女の涙は次第に大粒となり絶え間なく頬から流れ落ちる。




「わたし……、私は……」




 彼女は嗚咽交じりなりながらも一生懸命に言葉を紡いだ。






「……私は悟が好き。大好き……。大好きなの……。


 ……でも、どうていいか分からない……。

 だって悟は私の息子で……、でもそんなの私には分からなくて……。

 それでも必死に母親でいようって……。

 悟が私を『母さん』って呼ぶから……。

 悟は母である私を求めている……。だから私は……、母親で有り続けなきゃいけないの……。

 こんな気持ち、悟には絶対に言えない……。

 言っても親子だからってそう言われるだけだって、分かってるから……。

 でも、もうどうしようもなく……、一人の男の子として、悟を好きになっちゃったの。

 私……、もう……、どうしたらいいのか分からないよ……。



 ねぇ、教えてよ……」








 時より強く、でも弱々しく、その小さく震える声で一生懸命に言葉を発したのは、母親ではなく一人の少女七海だった。


 そんな震える彼女の肩を私はそっと優しく包み、声を掛けた。


「大丈夫……、大丈夫だよ。まだ十四歳だもん。こんなに可愛い少女を咎める人は誰もいないよ……。それにナナさんの思う気持ちは間違いなんかじゃない。さとちゃんだってちゃんと受け止めてくれるよ。それを一番よく知ってるのは、今一番近くにいるナナさんじゃないの?」


 そう言って強く抱きしめる私を彼女はまた強く抱きしめ返した。



「私……、悟を好きでいていいの……? 息子としてじゃなく……、一人の男の子として」



 そう弱々しく問いかける少女に私は迷う事なく答えた。


「うん……。いいんだよ。だって仕方のない事じゃない。人を好きになるって……。それは自分でも止められないものなんですから」


 そう言った途端、彼女は私の胸に顔を埋めて盛大に泣いたのだった。


 私はそんな彼女をなだめるように、優しく頭を撫でた。




 しばらくして、ナナさんが落ち着きを取り戻すと口を開いた。



「でも、いいの? 敵……、じゃないの?」


「恋にライバルは付き物よ。それにさとちゃんモテるから。今までだってそんな相手、蹴散らしてきたし」



 そう言って私は笑ってみせた。


「本当に性悪ね。……見てなさいよ、そんじょそこらのライバルとは違うんだから」


 そう言い破なった彼女も笑っていた。


「そうね……。確かに手強そう」


 私は確かに、いらぬお節介をしたかもしれない。もしかしたら……、なんて思ってしまう。でも、私がさとちゃんに思う感情と同じくらいに、ナナさんの事が気になってほっとけ無かった。だから後悔はしていない。私は正々堂々とナナさんとぶつかりたいと、そう思ってしまったのだ。




 その晩は二人で恋話に華を咲かせた。夜通し、一人の男の子の話を二人楽しく語らったのだった。






 今日はとても寝覚めが悪かった。それは寝ている俺の上を飛び跳ねる、叔父(三歳)の存在によって強引に起こされたからだろう。

 そんな起こされ方をしたもんだから、二度寝もできず、その足で居間へと降りた。



 居間には既に朝食を並べる祖母と店に入るため準備していた祖父の姿があった。


「おはよう」

「おう、今日も健三に起こされちまったか。残念だったな、彼女に起こしてもらえなくて」


 それを聞いてハッと昨日のことを思い出しす。


 そうだ、鈴華もこっちにきてるんだ。


 俺は鈴華が寝ている母の部屋に目を向けた。


 どうやらまだ二人は起きてきてないらしい。


 昨日の母の様子見るからに心配をしていたが上手くやれただろうか。

 そう思う中、母と鈴華が二人して二階から起きて来た。


「お、おはよう二人とも……。って、なんか二人して眠そうだけど、どうかしたのか?」

「あぁー、昨日は二人で話してたら寝るの遅くなっちゃって……」


 あくびをしながらにそう答える鈴華。


 俺は昨日何があったのか不安に思っていた。そんな中、店に入ろうとしていた祖父が俺へと声を掛けた。


「悟、今日の店の手伝いはいいわ。せっかくなんだから、鈴華ちゃんにこの町案内してやれよ」

「えっ⁉︎ そ、そう? ならお言葉に甘えて……」


 思い掛けない祖父の提案に言葉を返した俺だったが、その途中で母が言葉を遮った。


「いいわよ、悟。あんたはお父ちゃんのお店手伝いなさい。私が鈴華を案内するから」


「……えっ⁉︎」


 母からも思いがけない言葉が聞こえ、驚きを隠せず口を開いたまま固まってしまった。


「ありがとう、ナナさん! 私行ってみたい所があるの! さとちゃんはお店の手伝い頑張ってね!」



 俺は何がなんだかわからなかった。



 昨日まで険悪だった二人が一晩で見違える程に仲良くなっている……。

 まあ、嬉しいことなんだけどさ、本当に何があった?


 俺がそれを二人に聞くと、二人はキョトンとした顔でお互いを一度見たと思うと、俺の方を向き直り、ニタっと微笑んでから、



「「ナイショ」」



 と、息ピッタリに二人合わせて言ったのだった。





 その日は二人に言われた通りに店の手伝いをして早くも夕方となった。


 母と鈴華の事が気掛かりで仕事に手がつかない一日。そんな俺の心配をよそに仲睦まじく母と鈴華が帰ってきた。



「「ただいまー」」



 にこやかな笑顔を見せながら、買い物袋を大量にぶら下げて帰ってきた二人に俺は思わず、「どこに行って来たんだ?」と告げると、鈴華が意地悪げに笑った。


「それは後でのお楽しみー」


 俺が不思議に思い母の方に顔を向けると、なぜか母は顔を赤らめて、俺と目を合わせたくないのか下を向いたまま自室へと走って行ってしまった。


 本当に何があったのかと、いろいろ考えてしまったが、それも取り越し苦労であったとその後直ぐに気付かされたのだった。




 その日の晩、飯を食べ終えた皆んなは各々居間でくつろいでいると、席を外していた鈴華が急に皆んなに声を掛けた。


「皆さん、ちょっと良いですか」


 そんな彼女の言葉に居間にいた一同は一斉に鈴華に目を向けた。「どうした?」と、皆んなが見ていると、鈴華の横に立っているだろう、物陰に隠れていた母が言葉を発した。


「やっぱり、恥ずかしいよ……。この格好……」

「もう、凄く似合ってるんだから、良いじゃない。それ未来じゃすっごく流行ってるんだよ」


 そんなやり取りがあった後、鈴華が腕を引っ張りながらに母の姿が現れた。


 会話の内容から大体察しはついていたが、俺はその予想以上の姿に驚いた。

 俺たちの前に現れた母の姿はいつものTシャツにショートパンツではなく、どこか大人びてはいるがその中でも可愛さが残っている、今風(未来での)のファッション。

 それに鈴華が手伝ったのかほんのり化粧(ナチュラメイク)をしていた。


「いやー、本当に七海かい? 見違えちゃったよ。あらまぁ、こんなに大人びちゃって……。私、なんだか娘の成長に涙が出ちゃうわ……」

「どうしちまったんだ、七海よ……。ついに、ついに嫁に行く時が来たのか⁉︎ お父ちゃん、絶対認めないからな! こんな可愛い娘を嫁に出すなんて、絶対認めんぞ! でも、こんなに綺麗な娘を見れて、俺は幸せだ……」


 そんな母の見違えた姿に二人とも涙を流した。


 俺はというと、まだ呆気にとられて言葉が出せないでいた。


 あまりにも見違えるその姿に……。



 そんな母は少しずつ俺の前へとやって来て、何処か恥じらうかのように尋ねてきた。



「どう……、かな……?」



 そんな母の姿、そして仕草に俺は慌てて顔をそらして答えた。


「い、良いんじゃないの……」


 余りにも動揺しすぎて苦し紛れに出たその言葉を聞いた鈴華は何故か俺の頭を勢いよく叩いた。


「イタッ⁉︎」


「何その感想⁉︎ せっかくナナちゃんがオシャレしてるんだから、もっとちゃんとした感想言ってあげなさいよ!」


 まるで、クラスにいる女子の学級委員長のように俺を叱りつける。


 そんな鈴華の言われるがままに俺は今一度、母の姿を確認した。その表情は目をウルウルさせ、何かを期待しているようで、今までに見たことのない母の顔だった。


 その姿を認識すると俺はたまらず目をそらしてポツリと言葉を掛けた。




「か……、可愛いんじゃないの……。たぶん」




 今俺の中でできる、最大限の褒め言葉だった。



 その言葉を聞いた母は、顔を赤らめ下を向いたかと思うと、再び俺の方を向いて恥じらいながらもぎこちなく笑顔を向けた。



「……えへへ、でしょ? どーだ、参ったか、バーカ……」



 そんな無邪気に笑う母に、俺は思わず顔をそらした。



 なんだ……、なんなんだよ、この気持ち……。



 妙に感じるこの胸のざわつき。何故だか一早く母から離れないといけない気がして、気付けば俺は家を飛び出していたのだった。





 衝動的に家から飛び出した俺はしばらく宛もなく月明かりだけが照らす薄暗い夜道を走った。


 頭に思い浮かぶ母の姿を必死に振り払おうと、俺は無我夢中に走り続けた。



 何だよこれ。何なんだよ!



 そんな自分自身でも訳の分からない気持ちを抱きながら、一心不乱に走り続けた。




 結局、その答えを見つけられないまま時間だけが過ぎていった。

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