episode.3



『待ってるから……』




 そう俺に声を掛けたのは、俺のよく知っている母の声だった。その時の母はとても悲しそうな顔をすると直ぐに心配する俺に気付き優しく微笑んだ。




「母さん……」




 その言葉と共に俺は懐かしい夢から目を覚ました。


 目を覚ました自分の視界に一番に映ったのは俺のよく知る自室の天井。

 いつもなら姪っ子の美咲が飛びついて起こしてくれるが、今日も昨日と同様に俺の方が先に目を覚ました様だ。


「にいちゃんおはよー!」


 その声と同時に勢いよく扉を開き現れたのは一人の幼い少年だった。




「えっと……、そうだ、ここは……」




 その少年は俺の叔父である相田健三。彼は今俺のよく知る叔父の姿ではなく、二十六年前の三歳の姿だ。

 そうだ。ここは二十六年前の世界。

 昨日、俺は過去へタイムスリップしたのだ。

 昨日の事を思い出した俺に飛びついてくる叔父。

 そんな叔父の姿を見て俺はつくづく思った事を口にした。



「ほんと、親子なんだな……」



 俺のその言葉に不思議に思う叔父(三歳)。

 無邪気にはしゃぐ叔父を相手にしていると、また一人、俺の部屋の扉を開いた。



「ちょっと、健三! あいつ起こすのにどれだけ時間掛かってるの……って、もう起きてるじゃない! もう、二人ともバカやってないでさっさと下に降りて来なさい。あんたも今日、裏山行くんでしょ。早く支度する!」



 そんな母親の様に説教を垂れるこの十四歳の少女は、疑いようもなく俺の母である。


 タイムスリップした俺は現在十四歳の中学生である母、相田七海に助けられ、その母の家でお世話になっているのだ。



「……おはよう、母さん」

「……ふんっ。おはよう」



 俺の言葉にぶっきら棒に返す母。


 母はまだ俺と言う存在を心から受け入れてはいない様で、『母さん』と呼ばれることに納得していないのだ。

 そんな母に連れられ、俺と叔父は居間へと降りた。


 居間に着くとそこにいたのは、朝刊を片手に朝食に箸を伸ばす祖父の姿と俺たちの分の朝食を用意してくれている祖母の姿があった。



「おはよう、爺ちゃん、婆ちゃん」

「おはよう、悟ちゃん。昨日はよく眠れた? 私、朝起きたら昨日の事が夢だったんじゃないかと思って悟ちゃんの部屋を覗きに行っちゃったわ」

「俺も見に行ったんだぞ。夢じゃなくてホッとしたよ」

「もう、二人ともほんとバカ。まあ、私はあんたがいなくても全然、何とも思わないけどね」



 皆んなが口々にそう言うと俺は少し安心した。


 祖母に案内されるがまま俺は食卓に着いて祖母が作る朝食に箸を伸ばした。



「婆ちゃん、ご飯めちゃくちゃ美味いよ! 本当に過去に来て良かった」

「あら、本当? 私も孫にそう言ってもらえると嬉しいわ。本当に良い子ね、悟ちゃんは」

「何媚びてるのよ。こんなの私にだって作れるっての……」

「へー、こんなの……ね。こんなの」

「⁉︎ ご、ごめぇんにゃさい! ごめんにゃさい! だから手、はなしてぇ……」



 祖母の怒りに触れた母は、祖母におもいっきり頬を引っ張られ痛みに堪えていた。


 そんな母と祖母をよそに祖父が俺に話し掛けた。


「今日は裏山に行くんだろ?」

「あ、うん。母さんから聞いたの?」

「ああ。ナナの奴、張り切って朝早くからお弁当作ってたから覚悟しとけよー」


 祖父がそう言うと、母は慌てて口を開いた。


「ちょっと、お父ちゃん! 適当な事言わないでよ! こいつがどうしても私の作るお弁当が食べたいとか言うから嫌々作ってやったんだから!」

「そうかしら。お弁当作ってるナナ、凄い良い顔だったわよ」

「お母ちゃんも変な事言わないで! 嫌々よ! 嫌々! 大体、何で間抜け面でよだれ垂らしながら寝てるこいつなんかの為に私が楽しそうにお弁当作らなくちゃいけないのよ!」

「おいっ! 間抜け面は悪口だぞ! てか何で俺の寝顔見てんだよ!」


「⁉︎」


「おねーちゃん、かおまっかっかー」

「ナナも悟ちゃんが心配で様子、見に行ったんでしょ?」


「ち、違う! 違うっての! あんたも早くご飯食べて裏山行くわよ! 絶対手掛かりを見つけてあんたを未来に送り返してやるんだから!」


 母はそう言って朝食を書き込むとそそくさと居間を出て行ってしまった。


 いくら自分の母親でも思春期少女の考える事は分からん……。


 俺はそう思い、母に続く様に朝食を平らげた。





 それから一時間後、俺と母は裏山へと行く準備を整え終わると家を出発した。

 俺は祖父から借りた少し大きい洋服を着て、未来から唯一持って来れた『母のお守り』をポケットにしまい、それ以外は何も持っていなかった。

 隣を歩く母は、少し大きめのトートバッグを持ち、Tシャツと短パンと夏らしい活発少女の格好をしていた。バックにはおそらく今朝早くに起きて準備してくれたというお弁当が入っているのだろう。

 そんな母に俺はスッと手を差し伸べた。



「なに?」


「いや、荷物。持つからよこしてよ」

「⁉︎」



 そんな俺の行動にあからさまに驚いてみせる母。



「なんだよ。そんな驚く事か?」

「いや、あんたモサダサ男の癖に身に合わない行動するから純粋に驚いた」

「本当に失礼だな! 人が好意でやってるっていうのに!」

「その見た目の癖にもしかして女子慣れしてる?」



 そう言った母に俺は未来でいた自分の彼女、鈴華の事を意識した。

 彼女とは四年の付き合いで何度もデートを重ねていたからか、自然とそういう行動が身についてしまった様だ。



「別にいいだろ! 良いから貸せって。俺が持つから」



 俺は母から無理やりバックを引き剥がした。


「ちょっと、乱暴に扱わないでよ! せっかく早起きして作ったお弁当が崩れちゃうでしょ!」

「大丈夫だって。俺だって弁当楽しみにしてるんだから大事に持つよ」

「……あっそう。まあ、気がきく所は女子として褒めてあげる。きっと母である私の教育が良かったんわ。本当に私って優秀」


「……」



 まあ、母さんの教育では無いけど。


 しばらく歩くと、目的の裏山の入口へと辿り着いていた。


「なあ、母さん。昨日俺が倒れてた場所って覚えてるか?」


 そう尋ねると母はまたムスッとした態度で答えた。



「私まだ『母さん』呼び許した訳じゃないんだけど」



「まだその話! 昨日終わったじゃん! いい加減折れてくれよ、母親だろ」

「そっちこそしつこいなぁ! 母親だとしてもその呼ばれ方は嫌なの!」

「じゃあ自分が俺を産んだ時にでも呼び方の強制をする事だな。俺はこのままで行くから」

「本当に可愛くない! あんたなんて産んでやらないんだから!」

「うわー、マジ問題発言ですわ。息子に産まれてくるなとか未来で言ってたら虐待もんだわ」

「べー。そんなの今じゃ何の問題にもなりませんよーだ」


 こいつ本当に俺の母さんなのか? 未来の母さんの面影なんて微塵も感じないぞ。


「じゃあ、お母様。話が脱線したんで戻すけど、昨日俺が倒れてた場所案内してもらえます?」

「なにそれ。さっきよりもムカつくんですけど」

「いいから、昨日俺が倒れてた場所案内してくれ!」

つい押し殺していた怒りが湧き上がり怒鳴ってしまった。そんな俺にそっぽを向く母。

「……私も昨日適当に歩いてたからよく覚えてない」


「⁉︎」



 この女(自分の母親)、本当に使えないな! ただただイライラしただけだったわ!


 俺は一瞬何処からか怒りが飛び出してしまいそうになったが、ここは俺が大人になろうと必死に冷静を装った。


「わかった。じゃあとりあえず適当に歩いてそれっぽい所があったら教えてくれ」

「そうね。てか、あんたも何で覚えてないのよ」

「仕方ないだろ! 気を失ってて目覚めたばっかだったんだから!」

「使えないわね。そういえばあんた倒れてた時なんか持ってなかった?」



 こいつ、本当にどうにかしてやろうか……。



 煮えたぎる思いでいた俺だったが、またしてもギリギリのところで踏みとどまり、再度、冷静になるように自分に言い聞かせると、母の質問に答えた。




「……ああ、これだよ」




 俺はそう言って母に未来から唯一持って来れた未来の母の私物である『お守り』を見せたのだった。


「何これ? お守り? なんか汚ったないわね」

「これ、未来の母さんの物なんだけど、知らない?」

「知らないわよ。なんのお守りなの? 『家内安全』……。なんかダサいね」

「少なくても未来の自分の私物だからな! それにお守りにダサいもクソもないだろ!」



 そんな俺の言葉など聞かず、母はもうお守りの事など忘れて、無邪気に山から湧き出ているであろう河川に目を向けて、「見て見て! カニいるよ! カニ!」と無邪気にはしゃいでいた。



 山道を歩く事数時間、俺たちはとある場所へとたどり着いた。

 そこは未来で流星群を眺めていた見晴らしの良い場所だった。



「ここ、俺が流星群見た場所だ……」

「そうなの? じゃああんたが落ちたって場所もわかるんじゃない?」



 その母の言葉に周りを見渡すと、確かにここは未来とあまり変わっていない事もあって、俺が落ちた崖があるだろ道も容易に認識できた。


「じゃあ、手がかかりも見つかった事だし、そろそろお昼にしましょうよ。私お腹減っちゃった」


 そう言って俺が持っていたバックからレジャーシートを取り出し徐ろに広げると母は隣に座るように促した。俺もお腹が減っていた事もあり母の言うままに腰を下ろす。


「じゃあ、待ちに待った母さんお手製の弁当でも食べるとしますか!」


 気分を切り替えようと少しテンションを上げってそう言って見せた俺は、バックから弁当を取り出し中身を開けようとした。




「ちょっと待って!」




 そう言った母は慌てて俺から弁当箱を奪い取った。



「どうかしたのか?」


「ちょ、ちょっと……、いざとなると緊張してきた」


「は? なんで緊張するんだよ」

「べ、別にいいでしょ! お弁当なんて初めて作ったし、ましてや人に食べさせるなんて……」



 この土壇場になって、前までの威勢は何処へやら。

 まるで乙女の様な母の姿に俺はこの世界に来て初めて彼女を可愛らしいと感じた。



「そんなの大丈夫だって。まあ、初めて食わせるのが自分の息子で良かったじゃんか。練習みたに思えば良いんだからさ。それに実は物語には母さんが作る弁当を美味しく食べたって書いてあったんだよ。だから俺も楽しみだったんだ」



「悟……」



 俺の言葉に勇気が出たのか、母は目を輝かせながら俺に熱い視線を向けていた。

 

 今、初めて俺の名前を心から呼ばれた気がした。



「そうよね。悟は私の息子なんだもんね……。息子なら母の味が一番好きなはずよね。うん、よし! それじゃあ、しっかり母の味を堪能しなさい! 息子よ!」


 そう言ってお弁当を勢いよく開く母。

 


 …………。




 あれ? おかしいな……。




 俺の目に飛び込んできたのは、歪な形状をしているおにぎりと弁当の中身はほぼ真っ黒に染まるおかず達が自分の居場所を取り合うかの様に乱れていた。



「か、母さん……。俺、ちゃんとバック持ってたよね? 激しく振り回して無いと思うんだけど……」


「そうね。でもお弁当はとても繊細なものなのよ。少しの衝撃でも原型が崩れちゃうんだと思うわ」


「う、うん……。それは悪い事をした……。でもさ、この黒い物体は何かな?」


「それね。確か玉子焼きだったかな。私、玉子焼きは甘いのが好きなの」


「う、うん……。俺も母さんが作ってくれた玉子焼きは甘かったから、好きだよ。でさ、その隣のこの黒い奴は何かな?」


「それね。タコさんウインナーなんじゃないかな? 知ってた? ウインナーって切れ目入れて焼くと本当に花開くんだよ!」


「う、うん……。俺もタコさんウインナーは好きだから知ってるよ。でもこれ足長すぎて、タコの頭がもう見えなくなってるよ。足が反り返り過ぎて、もうボールだよ。黒い肉団子だよ。でさ、この唯一色がついてる緑の物体は何?」


「それね。それはきゅうりのぬか漬けだわ。ぬか漬けなんてババ臭いと思ったけど、やっぱりお弁当には緑が必要よね」


「う、うん……。きゅうりのぬか漬けね。ババ臭いけどお弁当にはあると嬉しいよね。でもさ、何でだろう。このきゅうり、ぬかが全然取れてないんだけど……。まだぬか漬け中ですか? 自分でぬか取るセルフサービスですか? それと、これなんだけど……」


「いいから早く食べなさいよ!」



 そう言って母は俺の口に黒い物体(玉子焼きらしい)をぶち込んだ。



 …………。




俺は口に放り込まれたその物体を一口一口味を確かめながらに噛み締めた。




 そうか……。そうだったんだね母さん……。




 母の作る玉子焼きを噛み締めながら俺は全てを悟ってしまった。




「ねぇ、美味しい? 美味しいんでしょ? ねぇ、恥ずかしがってないで早く感想言いなさいよー」


 そう急かす母に、俺は優しく微笑んで見せた後、一言素直な気持ちを口にした。





「母さん、マズい」






 そんな俺の発言に思わず手から箸を落とす母。



 母さん……、自分の物語を誇張するのは良くないと思うよ。




「……え、嘘だよね? 美味しいんだよね? 物語にもそう書いてあったんでしょ? 美味しいはずだよね?」



「母さん、聞いてくれ。俺はあの物語の様に嘘は付かない。そう、俺は嘘なんて付いてないんだ。……マズい。マズいよ、母さん! 何なんだよこの不味さは! 分かってたよ! 弁当の中身見た時から、『あれ? 話と違うんですけど』ってなったよ! どうせ他も不味いんでしょ! このおにぎりとか。……。マズッ! ほらやっぱり不味い! 流石母さんだよ! 期待を裏切らない不味さだよ! 本当に息子の俺が最初に母さんの弁当を食べて良かったよ! こんな不味い弁当、他所様に食べさせられないっての!」




 まくし立てる様に母の手作り弁当の不味さを訴えると、最初はフリーズしていた母だったが、段々と状況を受け入れ始め、次第に目に涙を溜めていた。



「わ、私……、一生懸命作ったのに……。早起きして作ったのに……」


「うん! その努力は買おう! 母さん立派だよ! でもね、不味んだ! この弁当、本当に不味いんだよ! 母さん!」

「そんな不味い不味い言わなくてもいいじゃない! うわぁぁぁぁぁぁぁん」




 十四歳の母はもう中学二年には思えない程に泣きじゃくった。


 そんな泣きじゃくる母にはお構えなしに俺は弁当を食べ続けて、「これも不味い! こっちも不味い」と言い続けながらも、母の初めて作る弁当を完食したのだった。



 俺が食べ終わる頃にはもう母は泣き止んでいて、不貞腐れていた。



「……母さん。すっげー不味かった! ご馳走さま」



「うるさい……。もう絶対、料理上手くなってやるんだから……」



 そんな彼女の言葉に、俺は安心した。


 大丈夫だよ、母さん。未来の母さんの料理はちゃんと美味しかったんだ。まあ、この調子だと直ぐには上達しないとは思うけど、いつかきっとまた母さんの作る料理が食べたいよ。



 その言葉は俺の中でしまうことにしたのだった。





 それからは母になんとか機嫌を取り戻してもらい、再び俺たちはタイムスリプの探索に歩き出した。

 俺たちが弁当を食べたその場所からすぐの所に問題の俺が落ちたであろう崖があった。

 改めて崖の上から下を覗くと、本当に生きてたことが不思議なくらいに高い崖であった事に気付いた。



「悟、本当にここから落ちたの? 良く生きてたわね」



 俺と同じ事を思っていた母。


 まあ、実際は過去にタイムスリップしちゃったわけだから完全に生きてたと言えば微妙なラインである。


「とにかく、この下に行けるルートを探そう。きっとこの先に進めば辿り着く気がするんだ」

「そうね。悟、足元気を付けなさいよ。また崖から落ちたなんて事になったら大変でしょ」


 不意にかけられた母からの言葉に俺は少し違和感を感じた。


「あのさ、もしかしたら、俺をここから落とせば未来に送れるかもしれないよ」


そう呟いた直後、後頭部に母の平手打ちが飛んできた。


「イタッ!」


「バカな事言わないで! あんたに危険な事させるわけないでしょ!」



 母は今までに見せたことのない剣幕で怒鳴った。

 俺はそんな母にさらに違和感を感じて、その違和感の意味を確かめた。




「母さんは、俺をとっとと未来に返したいんじゃないのか?」




 そう母に告げると、一瞬キョトンしたと思うと、今度は顔を赤らめて俺から目をそらした。



「……バカ。あれは、言葉のあやよ……。それに、悟もあの物語の続きが知りたいんでしょ? ならそれを確かめてから帰ればいいじゃない……」



「母さん……」



 その言葉を聞いた途端、胸に抱いていた違和感がスッと無くなって行くのを感じた。


 そうか……。俺の方が、母さんを母さんだと認めて無かったんだ。でも、ここにいる十四歳の母さんも紛れも無い俺の母さんなんだ。



 そう思った俺は無性に嬉しくなった。



「母さん、また弁当食べさせてくれよな」


「べーだ。今度は絶対美味しって言わせてやるんだから!」



 そう言って、俺に挑発的に舌を出した母は、とても愛おしくて、心から俺の知っている母さんであると感じてしまったのだった。




 それからしばらく歩いて行くと、ようやく俺が落ちていただろう場所へと到着した。

 その場所は裏山の入口からだいぶ近い所にあったのだ。


「灯台下暗しってやつかな」

「なに? 博識気取ってるの?」

「違うわ!」


 俺を小馬鹿にしてくる母をよそに周辺を見渡すと、丁度自分が落ちたであろうその近くにあるものがある事に気付いた。



「これ、何かしら?」



「……祠、かな?」



 その祠は自分の背丈ほどある高さの物だった。

 その怪しい祠の周囲を隈なく確認するが、そこには特に何かが書いてあるというわけでもなく、なんて事のない祠だった。



「この祠、何かタイムスリップに関係してるのかしら?」

「どうだろう? 物語にも別に祠の事は触れてなかったと思うんだけど……。まあでもちょっと怪しいかも」

「この祠に神がいるとか? 流石、流れ星に願い事しちゃう系男子ね」

「うるさいな、その事は別にいいだろ! 特別他にも情報がないからこれを怪しむのは当然だって言いたいの!」

「分かった分かった。母さんは息子のいう事に従いますよー」

「なんかムカつく。息子辞めようかな」




 それ以降何も情報が得られなかった俺たちは、今日はもう自宅に引き返すこととなった。



 実際にタイムスリップした手掛かりは相変わらず進まず仕舞いだったが、今日の収穫としては、母との距離が少し縮まった事で良しとしようと思う。




「今日の晩御飯、母さんが作ってあげよっか?」

「勘弁してくれよ。まともな飯を食わせてくれ」

「えー、ひどっ。でも、不味いって言いながらも全部食べてくれたね。お弁当」

「……。言っただろ。努力は認めるって」

「ふーん。あっそ。素直じゃないんだから……。まあでもそういう所はポイント高いかな。女子として」



 そう言って微笑みかけた母。




 そんな母は妙に嬉しそうに俺の少し先を歩いて行った。

 そんな母の後ろ姿を見ながら俺は一人呟いた。




「久しぶりに母さんの手料理が食べれて、不味かった以上に嬉しかったよ。サンキューな、母さん……」






 そう呟いた俺に遠い距離から母は手を振って言葉を掛けた。




「悟―! 早く来ないと、私の料理、もう食べさせてあげないよー」




 そんな言葉に俺はふっと微笑むと母の元へと駆け寄ったのだった。

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