episode.2



「あの、自分が未来から来た事、信じてくれるんでしょうか?」



 祖父の作るラーメンと餃子を平らげ、落ち着きを取り戻した俺は恐る恐るそう聞いた。


「まぁ、にわかに信じ難いが、あのラーメンの作りの筋は、まごう事なく俺が編み出したものだ。正直味を確かめる前から思うところがあってな、俺はもう認めちまってたんだ……。お前さんが俺の家族だって事……」


「……そうね。最初に顔を見た時から何故か他人ではない違和感もあったし、正直『孫です』って言われた時は胸の突っかいも自然と和らいじゃったのよね。血って凄いわね」


「なんで未来の私は自分の息子に自分の痴態を晒しちゃったんだろう……。あー、今の内に教育プランをしっかり考えないと……」


 そこに居た全員が俺の存在を認めてくれた瞬間だった。



「それよりやっぱり、このままじゃダメよね」



 俺の安堵も束の間、急にそう切り出す祖母に対し、祖父と母が「何が?」と言いたげな顔をしていた。



「悟ちゃんを未来に返す方法をちゃんと考えなくちゃって事」



 そう言うと、祖父が少し慌てた様子で答えた。


「べ、別にそんな急いで考えなくてもいいんじゃないか? せっかく未来から孫が会いに来てくれたってのに」


 爺ちゃん、言い方悪が俺は別に「会いに来た」訳じゃないからな。まぁ、会えて嬉しいけども。


「そんな無責任な事を言うんじゃないよ! 悟ちゃんだって早く未来に戻りたいと思ってるだろうし、それに未来にいるナナ達だって心配してるはずよ」


 その発言に俺は少し顔を曇らせた。

 未来の世界には祖父祖母は愚か、母ももう居ないのだから。


「とは言ってもよ、本人もどうやって来たか分からないって言ってんだ。これに関してはどうしようもないだろ。こう言うのは時間が解決してくれるもんだ。それならせっかくの機会、孫と過ごすこの時間を大切にしようじゃないか。なー坊主」


 祖父が俺を孫と認識してからというもの、その豹変ぶりははっきり言ってキモい。



「そうかもしれないけれど……」



 祖父祖母とは会った事がなく、それぞれの性格はは分かっていなかったが、祖父は楽観的で、祖母は現実的な考えを持っているようだ。


「そうと決まれば、よし、坊主。じいじと一緒に風呂に入ろうや。孫に背中を流してもらうの夢だったんだよなー。まさか息子より先に孫に背中を流して貰えるとは思っても見なかったけど」


 あー、爺ちゃんってめちゃくちゃ孫に甘いタイプなんじゃないか。それにじいじって言うのは止めろ。こっちが恥ずかしくなるわ。


「ちょっと、そこのオヤジ。何勝手に悟ちゃんを独り占めしようとしてるのよ! 私だって悟ちゃんともっとお話ししたいのに!」


「いい加減にしてよ二人とも! 悟は私の子供なのよ! 悟に何かするならまず私を通してからにしてよね!」



 おい、待て、待て。皆んな俺への受け入れ態勢早すぎじゃないか。それに俺、思春期真っ只中の高校二年生なんだけど。過剰なスキンシップはちょっとウザいと思っちゃうんだけど……。



「うるせぇ! こっからは男水入らずで少し話したいんだ! 女どもは黙ってろ!」



 そう言って俺の手を無理やり引き、祖父は風呂場へと俺を引きずっていった。

その道中、茶の間から薄っすらと聴こえてきた女性陣の声を俺は聞き逃さなかった。



「ナナはあんなお父さんみたいな男、捕まえて来ちゃダメだからね」


「……うん。絶対お父ちゃんみたいな人とは結婚しないから大丈夫」



 未来の親父よ、どうか爺ちゃんの様な性格でない事を心から願うよ。だってもしそうなら俺、生まれて来ないみたいだからさ……。




 そんな事もあり、俺は祖父と風呂に入る事になった。

 風呂に入る前に祖母から、



「男水入らずなら健三も入れてあげてよね」



 と頼まれ、俺(十七歳)、祖父(三十四歳)、叔父(三歳)という異様なメンツでの三畳ほどの狭い風呂場で汗を流す羽目になったのだった。



 風呂の最中、どうしても背中を流して欲しいとせがんでくるので、仕方なく祖父の背中を流す俺。


 まぁ、未来じゃこんなジジ孝行できなかったし、これで喜んでくれるならちょっと気持ち悪いけど良しとしよう。


 三人で一緒に湯船に浸かると、祖父は改まった表情で俺に言葉を掛けた。


「まぁ、こうやって一緒に風呂に入りたかったのは他にも理由があってだな……」


 そう切り出すと祖父は続けた。


「あいつらの前では話しずらい事もあるだろう……。未来の俺たちについてを教えてはくれないか」


 祖母や母にも聞かれてはいたけど、はぐらかしていた俺の姿を見て、何かを悟ってくれたのか、祖父は俺と二人っきりでそれを聞きたかった様だ。


 まぁ、ここに叔父もいるけどまだ三歳だし、きっとこの内容は理解できないだろう。


 祖父も何かを覚悟したかのように真剣な顔をしていた。

 そんな祖父の姿勢に自分も全てを話す事を決意した。



「俺は今、健三叔父さんの家、つまりは二十六年後のこの家で生活してるんだ。健三叔父さんとその奥さん、それに今三歳になった従妹の美咲と一緒にね。婆ちゃんは俺が俺が生まれてすぐの時に病気で死んじゃって、爺ちゃんも後を追う様に俺が物心着く前に亡くなったって聞いたよ……。だからここで会えたのは凄い嬉しいけど、まだどうやって接して良いか分からなくて……」



 祖父は黙って俺の話を聴いてくれた。


 俺は話しながら何か堪え切れないものがこみ上げて来たが、それを必死に飲み込みながら話を続けた。



「母さんは……、俺が小学校三年生の時に交通事故にあって……、俺が病院に駆けつけた時にはもう……」



 俺が話し続けると、祖父は不意に湯船からすくい上げたお湯を、顔に勢いよく浴びて、何かを隠そうとするそぶりを見せていた。

 

 そんな祖父の姿を何故だか自分は見てはいけないと思い、祖父とは別の方向を向いたまま話を続けた。



「元々、幼い時から父親は居なくて、母さん一人で育ててもらってたから、独りぼっちになった俺を息子同然の様に育ててくれたのは健三叔父さんで……。そのお陰で今の俺はこうやって元気に何不自由なく育つ事が出来たんだ」



 最後に俺は少しでも祖父を安心させてあげたいと明るく振る舞った。

 そんな俺を見て祖父はもうグチャグチャな顔で俺を強く抱きしめてきた。



「そうか……、そうか。苦労を掛けさせてごめんな……。寂しい思いも沢山させちまったな。こんなに立派に育ってくれて俺は嬉しいよ。未来から俺たちに会いに来てくれて本当にありがとう」



 そう言ってまた強く抱きしめる祖父。


 まぁ、会いに来た訳じゃないけど、もしかしたら本当は何処かで会いっていう気持ちから、俺はタイムスリップして来たんじゃないかと、そう思えて来てしまった。


「お前がこっちにいる間、俺たちがこれまでお前に与えてやれなかった分の愛情を全部注いでやる。……だからもう少しだけここに居てくれ。これは俺たちの願いだから」


 その言葉に俺は目頭が熱くなったのを感じた。



 俺はここに居ていいんだ……。



 そう思うと不意に涙が出そうになった。



 でもさ、爺ちゃん。この感動的な場面のはずなのに、さっきからずっと爺ちゃんの息子(健三叔父さんではない、祖父の逸物)が当たってるんだわ。そのせいで思うように泣けないんだわ……。



 俺はそうは思うものの、今は爺ちゃんが満足してくれるままに身を委ねたのだった。




 風呂から上がった俺は居間に戻ると、そこには祖母が一人座っていた。

 まだ三歳の叔父を着替えさせている途中だったがそんな彼は無邪気に祖母へと抱きつく。


「健三、ちゃんと悟ちゃんに身体洗ってもらった? 自分の甥っ子に面倒見てもらう感覚なんて滅多に味わえないんだからね」

「にいちゃんきもちよかったー」


 そう無邪気に笑って祖母に答える叔父。


 まあいつもお世話になってるしこのぐらいの事は朝飯前だ。

 着替え途中だった叔父に服を着せる終わると、祖母は俺の方に目を向けた。


「やっぱりお父さんの着替えじゃ少し大きかったかしら? 明日買いに行かないとダメかもね」

「そ、そんないいですよ! それに、いつまでこっちに居られるかわからないですし……」

「いつまで居られるか分からないから用意するんじゃない。それにそんな畏まらなくていいのよ……。私たちは家族なんだから」



 『家族』そう呼んでくれたその言葉に俺は無性に照れ臭くなり顔を背けた。

 そんな様子に気づいたのか祖母は俺の方を見てニタっと不敵に笑う。




「私の事、『お婆ちゃん』って呼んでみて」



「えっ⁉︎ なんで急に?」

「いいから呼んでみて」




 そう言って詰め寄る祖母。


 改まってそう言われると気恥ずかしく思ってしまう。

 そんな様子に気づいて尚、その呼び方を催促する祖母に観念してしぶしぶ言葉を掛けた。




「ば、婆ちゃん……」




 そう言うと祖母は嬉しそうな顔を浮かべながら俺に近づき、徐ろに俺の頭の上に手を置いた。そしてその手は優しく俺の髪を撫でる。



「よしよし……。本当に私の孫なのね。なんだか不思議な感覚だけど、それ以上に嬉しい気持ちだわ……。こんなに大きく育った孫に会えて、本当に……。未来の私は悟ちゃんに何もしてあげられなかったみたいだから……」


「⁉︎ ……どうして、それを……」



 俺が言葉をかけると同時に、祖母は俺の手を引いた。余りにも急な出来事で、俺は力無く祖母の胸へと身体を預けたのだった。



「分かるわよ……。だって、ナナと同じような反応するんだもの……。本当に家族って凄いわよね」


「……婆ちゃん」




「だから言わせて。会いに来てくれて、本当にありがとう」




 そう言って祖母は俺を強く抱きしめた。

 また涙が込み上げて来るのを感じた。

 今日何度目だろう。俺はこんなにも泣き虫だったかな……。


 そう思っていると、不意にこの状況がとてつもなく恥ずかしくなり、俺は慌てて祖母を身体から引き剥がした。


「これからはちゃんと婆ちゃんとして接するから……。だから、宜しくね……」

「ええ。こちらこそ……」


 祖母との初めてのやりとりは何だか優しくて、暖かい、懐かしい感覚であった事を俺は感じたのだった。




 眠りにつこうと、俺は祖母に言われた自分がここで過ごす寝床へと向かった。その場所は未来でも自分の部屋として過ごしていた部屋だった。

 何も変わらない自室のドアを開けると、そこには布団を敷いていた母の姿があった。


「あ、お風呂上がったんだ。じゃあ後は自分で準備してよね。全くなんで私が布団敷かなきゃなんないのよ」



 そうぶつくさ文句を垂れる母。



「ありがとう、母さん」


「……ねぇ、その『母さん』呼び、やめてくれない? 私まだ実感湧かないし、何より自分より歳上にそんな呼び方されるとなんか凄い嫌なんですけど」

「そうは言っても、俺にとって母さんである事は事実だし、気付いた今になったら呼び捨てとか、ましては『七海ちゃん』なんて呼び方、身体が痒くなるほど嫌なんだけど」


「はぁー。あんた、人が嫌がる事するなって、私から教わらなかったの? 未来で」

「俺は母さんからそう呼べって教わったけど。未来で」

「じゃあ、今の私から告げるわ。『母さん』呼びはやめて! 『七海さん』って呼びなさい! これは母親命令です」

「子供に命令するとか、親としてどうなん? それに歳下を『さん』付けで呼びたくない」

「年下の前に母親でしょ!」

「母親なら『母さん』呼びで問題ないだろ!」



 お互い平行線のまま言い争いが続いた。


 そんな中、俺は不機嫌なままでいる母を無視して布団の準備に取り掛かる。




 しばらく無視していたが一行為に部屋を出て行かずに黙ったまま俺の様子を伺っている母。



「なに? まだなんかあるの?」


「何その言い方? 反抗期? 自分より年下の母親に反抗的な態度向けるとか大人げなっ! ダサッ!」

「いちいちうるさいな! もう今日は用事が無いなら寝かしてくれよ。色々ありすぎて疲れてるんだからさ……」



 そう言って俺は自分で敷いた布団に潜ろうとした。



「ちょっと待ちなさいよ! 私まだ話したい事沢山あるんだけど!」


「しつこいな。明日にしてくれって。もう出てってくれよ!」




 本当に疲れていたせいか、思ったよりも強く言葉が出てしまった。

すると、俺を寝かせまいと布団を引っ張っていた母の手が急に止まった。

 大人しくなった母に目を向けると、彼女は目に涙を溜めながらにブルブルと身体を震わせていた。




「か、母さん……」





 そんな状態の彼女に驚いて声を掛けると、母は震える唇で言葉を発した。




「そ、そんなに強く言わなくてもいいじゃない……。私だって……、私だって、まだどう接していいのか分からないのに……」





 そんな彼女からみるみると涙が流れていた。



「ご、ごめん! ごめんって。俺が悪かったよ! だから泣くなよ。何でも言う事聞くからさ!」



 そう告げた俺は、しばらく泣き続ける母を必死にあやした。


 自分の母親をあやす息子ってどんな状況だよ……。


 そう思いながら、しばらく母の機嫌が治るまで俺は声を掛け続けた。




「あのね……、聞きたい事があるの」





 そう言った母は、何故だか照れたようにモジモジとしていた。




「あの……、未来の私のダーリンって、どんな人?」





 俺はその言葉に一瞬時が止まったかのように静止した。


 母の口から『ダーリン』というキモい単語を聞いたのも静止の理由の一つだが、何より自分の父親の事を何にも知らないという事が大きかった。

 その事を素直に話してもいいのだが、なんだか彼女の夢を壊してしまいそうで気が引けてしまう。



「えっと……、し、知りたい?」


「それは勿論、知りたいに決まってるじゃん! イケメン? カッコイイ? お金持ち?」



 まくし立てる様に質問攻めしてくる母に俺は後ずさった。


 言えない……。こんな目を輝かせた少女に、将来シングルマザーとしてせっせと働いていたなんて口が避けても言えない。


 実際に昔、母に自分の父親の事を訪ねた事があったが、『お父さんは元々いないの』と遠い目をしながらはぐらかされた事を覚えている。

 

 小さい頃はそれで聞き分けていたが、おそらく母は親父に逃げられたかなんかだと、今は思っている。


 そんな事は口が裂けても言うわけにはいかない。てか、言えない!



「……しょ、将来のことは、未来の楽しみにとっておいた方がいいよ……」

「なにそれ。別にいいでしょ! ケチケチしないで教えなさいよ!」

「いや、絶対に教えない! 将来の事なんて聞くだけ損だって」

「損ってどう言う事! 私、幸せになれないって事⁉︎」

「そ、そうじゃなくって! いま知っちゃったら将来の楽しみが減って損した気分になるでしょって意味! 決して不幸な人生を歩むって意味じゃないから! 絶対違うから!」


「その必死さ、逆に信用出来ないんですけど! 私、不幸な人生歩んじゃうの? ねえ、何とか言ってよ!」

「だから、未来の事は聞くんじゃねーよ! 俺から見た未来の母さんは至って普通だったと思うぞ! それなりに幸せだったと思うぞ! 多分。いやきっと!」

「もう、あんたの言う事信用できないですけど! こんな気持ちになるなら聞かなきゃよかった! それにあんたの顔見てたらイケメンの旦那ではない事は確実だもん」



 失礼だな! でもまあこれで、これ以上は未来の事聞いてこないでくれると有難い。

 

 俺は話題を変える意味も込めて、疑問に思っていた事を母に尋ねてみた。


「そう言えば、どうして今朝、あんな時間に裏山に居たんだ?」


 そう聞いた俺に母は何かを隠すかの様に答えた。



「……ぐ、偶然よ。偶然。あんたも言ってたじゃない、偶然だって」


「俺も最初はそう思ってたけど、偶然で自分の母親にあんな場所で出会えるとは思えないんだけど……」



 俺がそう言うもそれ以上母からは何も言って来なかった。

 今度は母が話を変えて俺に尋ねてきた。


「それよりも、あんたがこっちに来たきっかけみたいなのって何か無いの? それが分からないと未来に帰れないんじゃない?」


「それはそうなんだけど……」



 そんな事は分かっている。でも自分でもこんな状況に陥った理由なんて分からない。

 

 俺が必死に考えていると、母は思い出したかの様に聞いてきた。


「そう言えば、あんた昨日、流星群を見に行ったって言ってなかった。それに関係してるんじゃない?」


 そんな母の言葉で不意に昨日崖から落ちる瞬間の事を思い出した。

 落ちる時に星に願った内容を……。


「崖から落ちる時に流れ星が見えたんだよ。そん時に……」


「まさか、流れ星に願い事したとか言わないよね? 高校生にもなって恥ずかしー。随分ロマンチックな考えしてるのね」

「うるさいな! 俺だって最初はそう思ってたっての!」

「で、過去に行きたいってお願いしたの?」


 そう聞かれ、俺はその時不意に願ったものを口にした。




「いや……。『物語の続きが知りたい』って……」



「……物語? 何の?」






 不思議そうに尋ねる母にその物語の内容を話そうと思い出していると俺はある事に気付いた。


 あれ? そう言えば、あのノートに書いてあった『未来のあなたへ』っていう物語、あの内容って、未来から来た少年と出会った少女の話だったよな……。それって今の俺達と全く同じ状況じゃん。それにあれは母さんが作った話っぽかったし……。



「なあ、母さん……。『未来のあなたへ』って話を知らないか?」



「『未来のあなたへ』? なにそれ? その物語の続きが知りたいの? それと『母さん』はやめて」



 この反応、どうやら今の母は知らない様だ。




 俺の考えをまとめると、あの物語は本当にあった話で、今の俺とここにいる十四歳の母が体験した実話を母があのノートにまとめた物であると思って良いだろう。

 だとすると、俺が願った『物語の続きが知りたい』って事はここでの生活をあのノートに書かれていた通りに進めて、途中で途切れていたあの続きを体験すれば俺は未来に帰れるのではないだろうか。きっとそうだ。



「おーい。何一人で考えてるのよ。ちゃんと説明してよね」



 その言葉に我に帰った俺は、母に『未来のあなたへ』の説明と自分が小さい頃に母から話してくれた事を語った。その話を聞いた母は「なるほど、なるほど」と頷くと、


「わかった。じゃあ、途中まで書かれてたその物語の通り過ごして、途切れてた先まで過ごすことができたら、あんたは未来に帰れるってわけね」

「そう言う事になる。まあ、流れ星の願い事説を信じるのであれば」

「信じるも何も、そんなドンピシャな物語があるって言うならそうなんでしょ。他に当てもないし、とりあえずはその物語通りに過ごしてみるしかないじゃない」


「それもそうか……」


「で、その物語はこの後なんて書いてあったの?」


 そう言った母に、俺はあの物語に書いてあった事を伝えた。


「確か……、二人で裏山を探索に行ってたな。少年が過去にきた手掛かりを探しに……」

「裏山か……。まあ、そうよね。あそこでタイムスリップの根元として、あの山にも何か手掛かりがありそうだしね。仕方ない。出来の悪い息子のために人肌脱いでやろうじゃないの」



 そう言ってなぜか楽しそうにする母。



「そういえば、あの物語ではその裏山探索に出かける際に少女が弁当を作ったって書いてあったぞ」

「はぁ⁉︎ 弁当? 私が?」


「そうだけど。物語になぞらえるなら作ってくれないと困る」

「めんどくさっ! そんなのお母ちゃんに作ってもらおうよ。きっと未来の私もお母ちゃんが作った物をあたかも自分が作ったかの様に改ざんしたんでしょ」

「姑息だな! さっきは息巻いて一肌脱いでやるよとか言ってたのに、もう妥協かよ。流石オネショ期間を中一から小六までに偽っただけの事はある」

「その話はもうしないで! もう本当に性格悪いんだから。……分かったわよ。作るわよ。作れば良いんでしょ、お弁当!」



 そう言った母はぶっきら棒に立ち上がり部屋から出ようとすると今一度こちらを振り向いた。




「明日覚えておきなさいよ! あんたが度肝抜く程美味しいお弁当、作ってやるんだから!」




 そんな捨て台詞と共に扉を勢いよく締めた母。




 なにはともあれ、これで俺がここで何をしなきゃ行けないのかが分かった。

 それに彼女の前では何処か気恥ずかしくて強く当たってしまったが、また母さんに会えて、こんなに話す事が出来たのは心の底から嬉しと思えた。


 未来に帰る前に爺ちゃん婆ちゃん、そして母さんに今まで言えなかった事、出来なかった事をしてあげよう。



 俺はそう心に決めたのだった。

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