第3話


 どれだけ経ったのだろう?

 時間的には数十秒のはずなのに数時間も経っているような感覚だ。私とつかさだけ時間に置いてけぼりにされたような、そんな感覚。

 息は出来ないのに、ちっとも苦しくはなかった。むしろ心地良いとそう思った。


 一体…いつまで続くのだろう?

 

 そう思うと、魔法が解けるようにつかさの唇は私の口から離れた。

 あ…と寂しそうな、言葉にも満たない声が漏れた。その声は私から発せられたものだった。

「……ご、ごめん」

 口を離してすぐに、顔を真っ赤にしたつかさが目に涙を浮かべていた。

「……………」

 そんな彼女を無視して、まだ熱がこもった唇に触れた。

 今、私は…私達はキス、してたんだ。

 朧げだった思考がようやくクリアになっていく。全てを明確に理解した私は突然、自然発火したみたいに急激に熱くなっていった。

「キ、キキキキキキキキキ!!」

 今の私はまるで壊れたレコーダーのようだった。

 き、きすした!キスした!キスされたぁ!!

 は、はぁーー!!?私男ともキスしたこともないのに!女となんて!よ、よりにもよってつかさとなんて!!

「ど、ど、どーしてくれんのよ…!」

「ご、ごめん…我慢、出来なくなって」

 我慢しろよ!!

 ま、まさか本当に私の事が好きだったのかコイツ…。

 正直、あのカミングアウトはただの嘘だと思っていた。けど、こんなことされたら…流石に納得する。

「い、いつから?」

「え?」

「いつから私の事が好きだったのよ」

「ずっと前からだ…ずっと、ずっと前からあかねが好きだった」

「む、むぅ…」

 目の前のつかさは恋する乙女のような表情で好きを語る。

 いつも男みたいな口調だし、イケメンみたいな女だと思ってたいたけど。

(ちょっとかわいいとか思ってしまった)

 それに、嫌いな女とて好きって言われると心の奥がむず痒いというか…悪い気はしなかった。

「ま、まぁ…キスした事は、うん。許す」

 我ながらツンデレみたいだ…。

「ふふ、次からは突然しないよう気をつけるよ」

「おい、なに笑ってんだ!ツンデレだとか思ったんだろ!てか次とかあるの!?」

「…………」

 流石にあと何回もキスが待ち構えてるとか私は嫌なんですけど!?おい無言やめろ!怖いって!

 つかさの無言に嫌な予感を感じる。

 そして、その予感はすぐにやってきた。

「だってあかね今日泊まるとこなんてないんじゃないか?」

「…うっ」

「男の人にお金を貰おうだなんて思ってるくらいだ、もうお金もないんだろう?それに家にも帰りたくないときた、だったら」

 

「あかね、私の家に住まないか?」


 再度、手を差し伸べてつかさは告げる。

 確かに、つかさの言う通りだ。

 正直その手を取りたいと思う自分がいる、多分キスのせいで馬鹿になってしまったんだと思う。でも、嫌いな人間の施しを受け入れるほど私のプライドは安くは無かった。


「悪いけど、お断りよ!」


 そう確かに、声を高らかに告げた。

 ハズなのに…!!


「オ、オジャマシマース…」

 現在私はつかさ宅におじゃましていた。

 いや、そのうん…プライド云々言ってても野宿とかはその…耐えられません!

「いらっしゃい」

 柔らかい声でつかさに居間へと案内されて隅っこで体育座りして辺りを見渡す。

 つかさの事だからすっごいお洒落な家をイメージしていたけど、インテリアとかは全くなかった、ある程度の家具と家電があるくらいでなんだか空っぽをイメージさせる。

「道中話に聞いてはいたけど…ホントに一人暮らししてたんだ」

「うん、高校卒業したら一人暮らしするってパパに言ったら早いうちに慣れておけなんて言われたからね」

 だからって結構いいマンション借りて娘に一人暮らしさせるとか天川家は金持ちがすぎる…。

「へぇ…うらやましい」

「そうかな?」

「うん」

 私の場合はそこまで与えてくれないから。

 なんて言えるわけもなく私は話題を変える。

「あのさつかさ」

「ん?なんだ」

「ここはいつまでいていいの?いつでもって訳にはいかないし」

 いくら本人の許しを貰っていても度が過ぎればダメだ。

 でもつかさの事だから、いつでもいていいぞって気前よく言いそうなのだけど。

「飽きるまでずっと居てくれてもいいさ…と言いたいところなんだけども」

「そりゃそうだよねぇ」

 現実はそこまで甘くないか。

「毎日私にキスしてくれるなら毎日いてもいいぞ」

 おいこら。

 なに言い出してんだ、色欲まるだしじゃんか!

「本性表したな」

「では強制退去…なんて事も出来るんだが?」

「うわサイテー!!」

「む…好きな人と同じ屋根の下にいる私の気持ちも考えてくれ、これじゃ生殺しだ」

 しかし本当はこんな事はしたくはないのだがと言ってつかさは持ってきたコーヒーを出す。

「…キス、か」

 ふと唇に熱が浮かんだ…気がした。

 あの、あたたかくて柔らかい熱。

 私は天川つかさが嫌いだ、でももう一度してもいいって思ってしまう自分がいる。

「む、むぅぅ……」

「もしかすると、押せばいけるかもしれないな」

「は、はぁ!?」

「そうだな、ではこうしよう」


「あかねはこの家にずっと居てもいい、けどその対価として私に口説くチャンスを与えてほしい」

 それでいいかい?と不敵な笑みでつかさは笑う。

 まるで勝つのは私だがみたいな表情にカチンときてしまった。

「じょ、上等!」


 こうして私の唇を奪った憎き女、天川つかさとの生活が始まった。

 

 

 

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