第2話


「あいたかったよ!」

 犬を連想させるような元気と満面の笑みで天川つかさは立ち上がりハグを待っているのか両手を広げる。不思議とブンブンと揺れる犬の尻尾の幻影が見えるが、まぁ無視だ。

「な、なんでいんのよ…」

 ハグ待ちの天川を無視して、どうしてここにいるのか問いただす。

「なんでってあかねを学校に連れ戻すためだ、このままじゃ留年してしまうからな」

「……うっさいなぁ!それよりもどうやって私を見つけたのよ!」

「ふふ!勘だ!」

 か、勘…。

 駅から近いと言ってもゲーセンなんていろんなとこにある、勘でピンポイントに私を見つけ出した天川つかさに少しだが恐怖を覚えた。

「ストーカーかよ……」

「私をストーカー呼ばわりなんてひどいな」

 しゅんと悲しむつかさ、まぁそんな事はさておき。

「…で?要件は学校に連れ戻すだけ?言っとくけど私学校にも行かないし家にも帰らないから」

 つかさが留年とか言ってたけど、そんなの別に怖くはない。なにせこのまま自由に遊んでいた方が気楽だし。

 なにより、お前と比べられるのも嫌だし。

「でも、そんな生活限界なんじゃないのか?」

「………む」

 指摘された通りで、一歩後ずさる。実際、財布にあるお金は殆どない。100円が数枚あるだけで寝泊まり出来るほどの金はそこにはなかった。

「ま、まぁ余裕でしょ?人間なんとかなるっての」

「なんとかならないよ、大人しく帰ろうあかね」

 そう言って手を差し伸べる。

 その手は白くて綺麗だった。救いの女神のような慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、私が手を取るのを待っている。


 うっざ。


「うるさいなぁ!なんとかなるから!」

 救いの手を跳ね除けて私はつかさに背を向けて逃げるように走った。 



 昔は仲が良かった。

 何をするにも二人一緒で、喧嘩なんてした事もない。終いには付き合ってるんじゃないかなんて言われたくらいだ。けど、そんな友情を私から切った。

「つかさなんて…だいきらい!!」

 小学4年の頃だった。

 その頃から私は、お母さんや先生に比べられ始めていた。

 一緒にいると出来の良さを比較される、それが嫌で嫌で堪らなくて、比較対象であるつかさを憎んだ。

 彼女が流した涙を今でも覚えている。

 すごく心が痛んだけど、もうこれ以上比べられなくて済むと思えば楽だった…。


 でも、アイツは切っても切っても付いてくるし、大人達から比べられるのもより一層酷くなっていった。

 その内私は不良として生きていくことになった。


「はぁ…はぁ…ここまで逃げれば十分でしょ」

 逃げ回ってから結構時間が経った気がする。辺りはすでに薄暗くなっていた、ここら辺は人通りが少ないから街灯の明かりはなくて時間が経てばもっと暗くなるだろう。

「今日の寝るとこ探さないと」

 あーでも。

「金がないんだった…」

 財布を開く。都合よく増えたりしないかななんてファンタジーを夢見るも、現実は非常で100円玉がいくつか……あぁ、現実は非常だ。

「……………」

 一瞬、脳裏に危ないことしようかななんて考えた自分がいた。

 上手いことやれば大人からお金が貰えるんだ、元々家出する時にこうなるだろうとは覚悟してたけども。

「…やっちゃおうかな」

 もう一度財布の中身を見る。

 ごくりと生唾を飲む。

 大丈夫、うまくやればいける。私なら上手くいける…!


 そう思った矢先、聞き慣れた声が私を止めた。

「やめろ!!」

「っ…!」

 そこに立っていたのは憎き天川つかさだった。

「な、なんで…」

 追いかけてくるのよと次の言葉を発しようとした時にはつかさの手が私の肩を掴んでいた。

「そんな事!絶対しないで!!」

「ちょっ…!」

 すごい力だった、全身が揺さぶられてぐわんぐわんする。なにより絶対止めるという気持ちが伝わって来た。

「わ、分かった!し、しない!から!!」

 揺らすのやめろぉお!!

「ほんとか?」

「し、しない…うん…」

「よかったぁ…!」

 はぁぁぁぁ!と息を一気に吐くつかさ、どれだけ心配してたんだよ…。いやそれよりも!

「て、てかなんで私がそういうことするって分かったんだよ!」

 思えば私は一切口にしていない。

 先程の勘といい、まるで心を読んでいるみたいで怖い。

「…きだから」

「え、なんて?」

「好きだから!」

「好きだから….あかねの考えてることわかるんだ…」

「……は?」

 すき?すきやきじゃなくて?いやそれはないか…え?あー好き?じゃあそれは…もしかして性的に?

「性的に…」

 うっわ心読んでる!!

「ま、まじか…」

 唐突のカミングアウトだな。

「だから…そんなこと、しないで」

 顔を上げたつかさの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。ガン泣きだ…こんなつかさを見るのはいつぶりだろうか……。

 つかさの泣き顔に呆けていると、ふと息苦しくなった。

 蓋をされたような…柔らかい何かで押さえつけられるような…。

 苦しくはなかった、心地よいとそう感じた。

 気が付けばつかさの顔はすごく近くて…。

(あれ?今….どうなってるんだろ?)

 考えがまとまらないけど、今私は憎き女、天川つかさとキスをしているのだと気付くのにはもう少し後のことだった。




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