キライなアイツとキスをした

第1話 キライなアイツと遭遇した 【加筆修正版】

【第一話 キライなアイツと遭遇した】


 アイツの嫌いな所をげるとするなら、それは数えるだけでは済まされない。


 まず、顔が良かった。

 モデル顔負けのスタイルの良さと。

 常に学年トップの成績優秀さで。

 運動部も認める、運動神経の良さ。

 そんな万能だからこそ、老若男女ろうにゃくなんにょ問わず…すっごいモテてた。

 ゆえに、私が持ち得ないものを全て持っている天川つかさが私は大ッ嫌いだった。


 それが、単なる嫉妬しっとだと…とてもみにくいものだと私は知っている。けれど、幼馴染がゆえに…身近に居ると知ってしまうんだ。

 どうしても幼馴染、天川あまかわつかさにはかないっこないって!!


 私、心音こころねあかねと天川つかさは幼少の頃からの付き合いで、いわゆる幼馴染というやつだ。

 物心が付く前から一緒にいた、何をするのも二人一緒で…一心同体いっしんどうたいって言っても過言ではないくらいべったりと。

 でも…だからこそ、私とつかさは比べられるように育てられてきた。


 つかさは天才だった。

 生まれ持っての才能とカリスマ性は誰もがうらやみ、はぐくむべきものであり…周囲の大人はそれにならえと言わんばかりに私に強制した。

 まるで、天川つかさこそが全てかのように、大人達は言う。


 『お前も天川を見習え』って。

 

 なによそれ?…ホンットにうざい。

 勝手に人生強制させてんじゃねーーよッ!!って大声で叫んでキレたくもなる。


 そう比べられてきたからこそ、私は元凶げんきょうであるつかさが、憎くて憎くてたまらなかった。

 お前さえ隣に居なければ、私は今より幸福に生きれた筈なのにって!

 だから私は…せめてもの反抗として、つかさとは真逆の道を歩むと決めた。

 いわゆるワルの道。

 不良として、誰にも文句は言わせない自由な人間として振る舞った。


 勉強はしない。

 何をやってもつかさと比べられるからだ、そもそもやる気は起きない。

 努力はしない。

 私の努力なんて、つかさが悠々と超えてくるし…どうせ報われないだけだ。

 

 こうして、つかさとは真逆の道を進んでいった私は見事に『不良』のレッテルを貼られてしまった。

 今では学校をサボって家出中…。

 残り少ないお金を使って、ネカフェやカラオケに入り浸る毎日で自由に暮らしていた。

 

 別に…悲しくなんてない。

 むなしいとも思っていない。

 一人で居ることがこんなにも楽しいはずのに…なのに、どうしてなんだろう?


 心の中が……ぽっかりと空いているような感覚がするのは。



 鼓膜をふるわすゲーセンのBGMに耳をかたむかせ、私はその席に迷わず座る。

 財布から百円を取り出すと、その筐体きょうたいに入れる。派手なエフェクトと共に『GAME START!!』と映し出された画面から反射して映るのは、少しやつれた私だった。


 昨夜も、長い時間ネカフェで漫画を読みふけっていたばかりか…不健康なくまがイヤに目立っている。

 唇もカサカサに乾燥していて、髪もろくにお風呂に入ってないせいか艶が失われていた。


(とてもイマドキの女子高生とは思えない……)


 我ながら自分の変わりように失笑する。

 クツクツと自虐めいた笑みを浮かべると、すぐに視線を私からゲーム画面へとうつした。


(…ん?対戦希望……誰?)


 ピロンッ!と音を立てて対戦希望のメッセージが届く。

 この駅前のゲーセンでは、私しかこのゲームには触れてない。なにせ私がここで一番強いからだ。

 過去にいろいろとボコボコにした事がキッカケに、私以外触れる者がいなくなっていって…少しかなしさを覚えたけれど…。


 でも、私を知らないバカがいるなんて思いもせずに…私は口角を歪ませて申請にオッケーした。


(どこの誰かは知らないけど…地獄を見せてやるわ)


 即死コンボで実力を分からせてやろう。

 相手の未来を想像して、一人クツクツと怪しく笑う私を他所よそに、ゲーム画面はキャラクターセレクトへと移り変わる。


 私は迷わず素早い連撃が得意なキャラを選択した。

 緑のパーカーを着込んだ痩せ男が、シュッシュっと素早いジャブをしてみせる。

 相手は何を選ぶんだ?と相手のキャラ選択を待つが、一向に決まる気配がない…。


 ウロウロウロウロとカーソルが行ったり来たりとせわしなく…それを見ていた私は青筋を立てて、苛立たし気な声を上げた。


「初心者かよっ……!」


 早くしろ…そう言いたげな声が向こうにも届いたのか、カーソルはピタリと止まってからランダムの方へと移動する。

 すると、相手のキャラクターはでっかいシロクマになった。

 がおーーー!っと雄叫おたけびをあげるシロクマ。

 重い一撃が魅力のキャラだけれど、攻撃の発生が遅く…正直言って初心者が選ぶべきキャラではないし、私とのキャラの相性は超最悪だった。


 けど、まあいい…。

 どうせボコボコにするんだ、二度とこのゲームが出来ないくらいトラウマを刻んでやる。

 ニヤリと意地悪いじわるに笑って、顔の見えない相手の泣き顔を想像する。


 そして、ややテンションの高い開始の宣言せんげんと共に…戦闘が始まるや否や、シロクマは無鉄砲に突っ込んできた。

 

『ラウンド1ッ!!』


 大口を開き、牙をき出しに両手を広げるシロクマ。

 確かな迫力に思わず「うおっ…」と驚きの声をらすが、すぐに意識を切り替えて私は見極める。

 大振りの攻撃が特徴のシロクマは、ハッキリ言ってジャストガードから発生するパリィに弱い。だから…敵の攻撃を見極めてさえいれば……。


 シロクマの凶暴な爪が、緑のパーカーを着込んだ男へと襲い掛かる。

 だが、攻撃が直撃する瞬間にガードをすると、パキィン!と小気味良い音が耳に入った。


「カウンターの餌食だっつーのぉッ!!」


 体勢を崩すシロクマ。私はその好機を逃さずに、すかさず素早く器用な指捌きでレバーを動かす。

 ミス一つもなく、華麗にコマンドを入力して、画面には目にも止まらぬ連撃れんげきを放つ男が映る。


 ダダダダダダダダッ!!っと両の拳がシロクマの腹を連打すると、その巨大は後方へと吹き飛んでいった。

 そして、すかさずダッシュをして追撃ついげきを入れる!…これで相手の行動を完全に封じた!

 

 下段攻撃…空中攻撃、必殺技…超必殺技!!


 うなる指先。相手の行動を許さない圧倒的な即死コンボが、敵をボッコボコにしてHPバーを容赦ようしゃなく緑からゼロへと削り切る。

 完全に決まったッ…!

 口角をゆがめて私はわらう、初心者なだけあって読みやすい行動パターンで良かった。


「ふふっ…♪雑魚乙〜♡」

『K Oッ!!!』


 やばい、初心者ボコすの気持ち良すぎ。

 恍惚こうこつな表情のまま勝利の余韻よいんに浸る、快感と優越感に浸って…私の気分は有頂天だった。

 流石にここまでやったら相手も逃げ出しちゃうかな?という心配が胸を締め付けたけど、どうやら逃げ出す素振りはないらしい。


 ふーーん…それなりに根性はある、ねぇ。


 ま、だからと言って手加減はしませんけどね〜?私ってば手加減は苦手なんでぇ。

 クスクスと意地悪に笑って、画面ではラウンド2が開始されようとしていた。

 そして、高らかな宣言と共に開始される。


「…む」


 先程の無鉄砲さは、どうやらさっきの即死コンでりたようで、シロクマは後方へと下がって距離を取る。

 あれだけの事をされておきながら、まだ頭は回るなんて…まさか私に勝つつもりでいるわけじゃあないよねぇ?


(まぁ、それは無理な話なんだけどね?)


 私はここ辺りでは最強として名高いんだ!そこら辺のぽっとでの初心者が勝てるほど私は弱くない。

 だから、そんな事をしても…!!


「無意味だっつーーのぉっ!!」


 私は駆ける…!

 相手は初心者だ、あらゆる行動に対応できる訳じゃない!だから、一気に距離を詰めて…圧倒的にボコすッ!!


 ラウンド2も私の圧勝で決まりだ!!

 ニヤリと笑みを浮かべて、勝利を確信する私…だけどその確信が、次の瞬間完璧にへし折られるとは思いもしなかった。


 パキィンッ!と…小気味良い音が耳に入った。

 画面では攻撃をはじかれ、体勢を崩す私のキャラがいた…。


 は、なんで?


 私の顔から、余裕よゆうが消える。

 頬に嫌な汗が伝うと…次の瞬間、シロクマは容赦なくその剛腕を振るった。

 両腕をクロスさせて凶爪きょうそうが私のキャラの胸元を切り裂くと、大きく吹き飛んでいった…。


 そして、その隙を逃さないと言わんばかりにシロクマは駆けると、ふわりと空中に浮かんで…その巨体きょたいからドロップキックが炸裂した。

 痛く鈍い音が耳に入る…私は目の前に起きている現実に理解出来ずに…レバーから手を離していた。


 私のキャラは地面に叩きつけられると、シロクマがたどり着き、そして剛腕が振り下ろされる…。

 地面に亀裂きれつを走らせる程の派手なエフェクトと共に、私のHPバーはぐーーーんっと減った。


 そして、最後は超必殺技を決められて…。


『K Oッ!!!』


 と、無慈悲にラウンド2の終わりを告げられた。


「は、はぁ…!?」


 余裕の表情は完全に消え失せていた。

 現実を受け入れられない困惑の声だけが、そこにはあって…私はプライドがへし折られたような気分だった。


 なんだ今の…私の即死コンを真似したの??

 で、でも…このコンボは、それなりの練習が必要な筈なのに…始めたばかりの初心者が、一瞬で真似してやってのけるってそれはもう……!


「て、天才じゃんか…」


 脳裏に過ぎる…幼馴染の姿。

 いつも私の上にいて…超えられない、ありとあらゆる才能を欲しいままにする彼女を思い出して…私は歯軋はぎしりをする。


「…やってやろうじゃない」


 天才がなんだ…私はこのゲームでは一番強いんだと言い聞かせて、思い上がった初心者を完膚かんぷなきまでに叩き潰すと心にちかう。

 もう、油断はしない…。

 たぎる心と冷静な判断で、全力でボコボコにする。


 鋭い眼差まなざしをゲーム画面に向けて、ラウンド3が開始される。そして。


『K Oッ!!!』

「あは、あははっ…まけたわ、こんちくしょう…」


 ええ、まぁ…見事に惨敗ざんぱいしましたよ。はい。


 真っ白な灰と化した私は、白目のまま項垂うなだれていた。

 相手…もっの凄い才能の持ち主のようで……歴戦の私ですら歯が立たない程の才能を、これでもかと見せつけられた。


 完敗だ。

 けど、悔しいという気持ちはそこにはなかった。

 むしろ清々しさがそこにはあって…この敗北を私はいさぎよく認める。

 

 ふぅ…と溜まった疲れを吐き出すように息を吐いて、私は立ち上がる。

 立ち去ろうとした矢先にふと、声を上げた。


「あ…」


 そうだ、相手の顔を見ておこう!どんな凄いやつなのか気になって仕方がない!

 一体どういうヤツなんだろ?こんなに強いなら私の耳に入る筈だけど、知らないって事はつまりはここら辺の人じゃないって事だろう。


 「話が合う人だといいな…」


 あわい期待を胸に立ち上がって、向こう側へと歩み寄る。

 ナイスファイトでした…!と笑顔で言いかけたその瞬間とき、私の身体は氷に閉ざされたかのように硬直した。

 

 さらりと金の糸が垣間かいま見えた…。

 きらきらと、照明に照らされて光り輝くそれは息を呑む程に美しい…なのに私は、信じられないモノを見たかのように、目を大きく見開いて静止する。


 いや…うそでしょ。

 

 黄金の輝きを放つ…ブロンドの髪。

 彼女はりんとした佇まいのまま「ふぅ…」と息を吐いて、瞼を開けた。

 金色の長いまつ毛に、ラピラズリのような深いあおの瞳。

 雪のように真っ白な肌は、シミも荒れ一つもなく羨ましいと思った。


 長くとがった鼻、整った顔つき…まるで何処どこかの王族とでも思える容姿の彼女は…私の。


「な、なんであんたが………ここにいんのよ」


 震える声のまま、私は彼女に尋ねる。

 すると、ラピラズリの瞳がちらりと私を見つめた。深い青はまるで海のように深く…おぼれるような感覚を覚えて、思わず一歩後ずさる。

 けれど、その瞳が私を映すとサファイアのようにキラキラと輝きが増した。そしてつやのある薄いピンクの唇が開かれると、嬉しそうに…小さく微笑んだ。


「一週間ぶりかな…?やあ、久しぶりだねあかね♡」


 凛としていて…うっとりするような美声が、まるで私をからめ取るように耳に入った。

 誰もが見惚れてしまう程の美貌と声、私でなかったから卒倒してしまうかもしれない…。

 けれど私は…その、美しい…いや、憎い女を睨んで名前を叫んだ。


「な、なんで…つかさがここにいんのよ!!」


 彼女の名前は天川つかさ。

 私が…憎んで、恨んでやまない幼馴染だった。

 

 本当に、どうしてここにいんのよ…!!


【ダイスキなキミとキスをした】Side つかさ


第一話 ダイスキなキミと出会った


 冬の寒さが残る寒風さむかぜに身体を震わせて、私は駅を降りた。

 道行く人達の視線がやけに刺さるものの、私は慣れているのか全く気にもせずに駅から出ると、近くにあるゲームセンターから目的である人物を目にした。


 深く蒼い瞳が凝縮し、その子を見つめる。

 不健康そうな女の子だった。

 真っ黒な隈に鋭い眼差し、赤みを帯びたその黒髪には艶が無く、生命を感じさせない。

 肌も前に見た時よりも荒れていて…見ているだけで胸を締め付けられる。


「あかね…」


 彼女の名前をぽつりと呟いて、両手を強く握る。

 深く刺さる爪が、皮膚を突き破るくらいに強く…私は不甲斐なさに唇を噛んだ。


 彼女…心根あかねは私のことが嫌いだ。

 いや、酷く悲しいことに大嫌い…と言った方が正しいのか。

 私達二人は幼馴染であり、それはもう二人の両親が呆れる程の仲むつまじさだった。

 いつも笑顔で、いつも二人で…二人が離れ離れになるなんてあるはずがない。そう思える程の、幸福に満ちた幼少期。

 こんな幸せが永遠に続くんだろうな…と、そう思っていたのだが、人生は幸福だけでは続かない。


 私は天才だった。

 どんな困難もそつなくこなし、才能を遺憾いかんなく発揮するその姿は、幼馴染を変えさせるには充分だった。

 私だけを映していた瞳は私を睨み、私だけに微笑んでいた口は閉ざされた。

 私の声を受け止めてくれる耳も、私だけを包んでくれた両手も…私と共に歩んでくれていたその脚も。


 変わる、変わっていく…。

 大好きな幼馴染に嫌われて、足元が虚無きょむになっていくような感覚に襲われる。

 まるで夢で見る落ちていく夢のような気分だった。それが現実に反映されて…今も落下していくような嫌な感覚にさいなまれている。

 

 だから私は…切に願う。


(もう一度、キミにれたい)

(もう一度、キミと笑い合いたい)

(もう一度、キミの顔を見ていたい)


 私を嫌うあかねではなく、私だけを見てくれるあかねに…もう一度会いたい。

 幼少の頃の記憶のままで、いたくない…キミと、笑い合っていたい。だから、だから私は!


 ───私、天川つかさはあかねのことが好きだ。


「だから私は…もう一度キミに会うんだ!」


 だから今日、私はこの感情をあかねにぶつける。

 あかねともう一度歩むために、もう一度キミと笑い合うために…!


 私は進むんだ。


 はやる心臓に手を当てて決意を決める。

 私はあかねが入って行ったゲームセンターへと脚を踏み入れると、入ってすぐに鼓膜が震える程のBGMが私を出迎える。

 けれど、それより大きな心臓の音のせいで…耳に入ってこなかった。


 バクバクドキドキ。


 唸る心臓が鼓動を刻む。

 あかねが座ったゲーム機の反対側へと私は座って、そして息を吸って…大きく吐いた。

 この画面の向こう側に…キミがいる。

 私の大好きな人が、そこにいる。


「よし……」

 

 ラウンド1と戦いのゴングが鳴り響く。

 私は…もう一度決意を決めると、戦いにおもむくのだった。


 

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