雨とナイフ

 雨が降っていた。土砂降りで、一寸先も見えない。

 その中に、彼女は一人立っていた。

 私は、彼女の姿を見て、ああそうかと不思議な悟りを得た。

 彼女は私を殺しに来たのである。

 その目には、深い憎悪が秘められていた。

「そうか……そう来るか……」

 彼女はかつて私と恋人の関係にあった女性であった。しかし、私は己の欲望のために、他の人間の元に婿養子として入った。

「………………」

 彼女が何かを言った。雨にかき消され、何を言っているのかは、分からない。恐らく恨みの言葉であろう。

 彼女はふらりと倒れるように、私の胸に飛び込んだ。

 ナイフが私の胸を抉った。

 私は、それを予期していたが、躱すことはしなかった。これも含めて、復讐になるだろうと思った。巻き込む妻には悪いと思ったが、彼女の父が、私の父にしでかした事に比べれば、可愛いものだろう。それに、自分勝手は、今に始まった事では無い。

「……すまない」

 それでも、気付けば謝罪の言葉が口から出ていた。

 それが、目の前の女性に向けられたものなのか、妻に向けられたものなのか、私には判別が付かなかった。

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