藁人形

 村にその男が現れたのは、戦後直ぐの頃であった。何処かの兵隊崩れである。自分の生家が戦火で焼かれ、この村に住んでいる親類の者を頼ってやってきたらしかった。

 軍隊と言っても、階級はあまり高くなかったらしく、また自分の置かれている立場という者が十分に分かっている様で、将校特有の威張った仕草というものはみじんも感じさせないで、驚くほどの早さで男は村になじんでいった。

 村にも娘はいる。最初は物珍しさから村娘に存分にもてはやされた男であったが、しばらく経つ内に、その数も次第に減っていき、遂にはその数も二人になってしまった。

 それでも、実際は一人になった様なものであった。その一人というのが、村の資本家の娘であった。彼女の家の資本は、山を二つと、そこに働く人間、林業、農作物と、とてつもないものであり、村では本家と呼ばれる一番の権力者となっていた。対するもう一人の娘の家はしがない農家であり、とても適うはずも無かった。普通なら、他の娘達と同様に諦めるのだが、それでもここまで食らいついたのは偏にその恋情に依るものであった。

 肝心の男はどうだったかというと、彼自身は農家の娘に惹かれていた。しかし、ここで駆け落ちをする勇気は彼には無かった。そのため、彼は次第々々に本家の娘に外堀を埋められ、遂には結納を上げる羽目になった。

 そして結婚式の席でのことである。本家の娘が神酒を飲んだ。その途端、バタリと倒れて、胸の所を抑えてジタバタしている。次第に、その動きも断続的なものとなり、到頭動かなくなった。

 当初は毒物を盛られたのかと思われたが、警察の検査から、その可能性は全くないことが判明した。娘の死因は心筋梗塞によるものとされた。

 本家の娘の死んだ日から、農家の娘も行方不明になった。当初この娘が何らかの関与をしている可能性があると、これが一向に見つからなかったのであるが、娘の死因がハッキリしたその日に、本家が持っている山の奥で変死している姿が発見された。

 この死体というのが、白装束に、髪を振り乱して鬼のような形相であった。

 その傍らの老年の樹木には、藁人形が打ち付けられていた。

 不思議なことに、農家の娘の死因はいくら調べても一向に分からなかった。

 それでも、本家の娘は農家の娘に呪い殺されたのだ。そして、あまりに恨みが深かったので、自分をも殺してしまうことになったのだろうと村の者は皆噂している。

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