訪問恋人
ドンドンと扉を叩く音が聞こえた。
扉を開けると、恋人であった。
「どうしたんだ。こんな時間に」
既に日も暮れて久しく、早い人間ならもう寝ている時間だ。
「来ちゃった」
「来ちゃったって……まあ、入れよ」
私は彼女を招き入れた。彼女はしずしずと中に入った。
「急に来ると思わなかったから、何も用意してないぞ。何か作ろうか?」
「ううん、いいよ。お腹、空いてないし。それに本当に会いたかっただけだから……」
「そうか……」
「うん。明日には帰るよ」
私たちは廊下を進み、リビングに入る。テレビの中では、芸人が騒いでいる。
私は、彼女のためにコップを持ってきた。テーブルには、飲みかけの安ワインが置いてある。彼女の分をコップに注ぐと、ありがと、と帰ってきた。
彼女を隣に座らせ、テレビを見ながら酒をチビチビと飲む。こんな遅くに尋ねてくると言うことは、何か大事な用があるのだろうか。しかし、それをこちらから聞くのも、いけない気がする。
椅子の上に投げ出していた左手に、冷たい感触が当たる。彼女の手であった。
「冷えてるな」
「この季節だしね」
「それに夜だ」
私は彼女の手を握る。彼女は指を絡めて来る。次第に彼女の手に、私の手の温度が伝染し、そのために私の手も汗ばんでくる。
その時、肩に重みを覚えた。見ると、彼女の頭。
「重い」
「良いじゃん」
「良いけど」
何だか、今日は妙に甘えてくる。コップの酒を見ると、殆ど減っていない。素面である。私なら照れくさくてとても出来ない。気恥ずかしさを紛らわせるように、アルコールを飲む。味なんてしなかった。
翌朝、目が覚めてみると彼女がいない。一緒に寝たはずである。ベッドの中でのコトを思い返すと、頬に熱を覚えた。
「妙に積極的なんだもん」
リビングに行くと、そこにも彼女の姿は無い。トイレの電気も付いておらず、玄関に行くと、彼女の靴は無かった。
妙な不安を覚える。彼女に連絡を入れた方が良いのかと携帯電話を見ると、丁度電話が掛かってきた。
彼女の訃報を伝える電話だった。
夕刻に交通事故に遭い、夜に息を引き取ったと言う話である。
私は、何も言うことが出来ずに、通話を切った。
私の元にやってきた時に、既に彼女は死んでいたのだ……死して魂は千里を走ると言う……私の所にやってきた彼女は魂のみの存在だったのではないか……。
リビングに戻ると、飲みかけのワインの瓶と、コップが二つ置いてあった。
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