夜の墓場にて

 その年、都では人がよく死んでいた。鼠を媒介とした致死性の病が蔓延し、人がパタリパタリと死んでいった。そこに貴賓の差は無かった。

 私は寺の住職だった。

 人が死んだ時に本領を発揮する仕事だ。

 この時もその例外では無かった。金持ちが死ぬことは嬉しかった。彼らは葬儀にも見栄を張りたがる。このお金は大部分が私たちのものとなった。貧乏人が死ぬことは悲しかった。彼らは見栄を張る金も無かった。私たちはこれによって儲けることが一切出来なかった。


 その年、農民の男が一人が死んだ。私は彼に形式通りの葬式を行おうとした。ここで、私は重大な出来事に気付いた。この農民の体が想像以上に大きかったのだ。用意した棺桶では、大きすぎて、頭がはみ出してしまうのだ。

 しかし、この病で慢性的な棺桶不足が起こっていた為、棺桶は用意しようと思っても、即座には出来なかった。

そこで私は、この死体の首をポキリとへし折って、無理矢理棺桶の中に入れてしまった。

 その葬式はつつがなく終わり、私もその後の多忙からスッカリそのことを忘れていた。


 あれはある雨の夜であった。私は、昨今の心の貧困から起こる墓場荒らしの対策として、墓場の見回りをしていた。

 明かりは手元のもの一つで有り、心許ない事この上ない。私はそこはかとない不安を胸に抱きながら、墓場を巡回していた。

 傘に当たる雨音がボトボトと非常に五月蠅い。

 私がその煩わしさにそろそろ帰ろうかとした時である。何処かから、うめき声のようなものが聞こえてきた。


「……どうやらこの辺りから聞こえてきた様だが……」

 私は、墓地のひときわ寂しい一角に足を運んでいた。

 しかし、辺りに人影は見当たらない。しかし、ひょっとすれば墓場荒らしの逃げた跡かも知れない。私は念のために、その辺りの墓をゆっくりと歩きながら見て回った。


「あっ……」

 私は一つの墓の前で立ち止まった。そこは、私が首を折って棺桶に入れた、あの男の墓ではないか……。

 私は空恐ろしいものを感じながら、その場を後にしようとした……。

 その時である。私の足下の土がいきなり崩れた。

「アッ……助けてくれぇ……」

 私は、身体中を泥まみれにして、藻掻きながら気を失っていった。


 気がついた時には、私の体は清潔な身なりとなって、布団の上に横たわっていた。

「あ……気がつきましたよ……」

 側にいた小坊主がパタパタと駆けて、誰かに伝えに行った。

 しばらくしてきたのは、和尚であった。和尚は身を起こした私の側に来て、座った。

「……お前は何をしおったんじゃ……」

 和尚は真っ青な顔をしながら、私に詰め寄った。

「な……何のことです?」

 私が聞くと、和尚は私へ更に詰め寄った。

「あの墓の男の事じゃ……お前、あの男の首を折ったな……そんなことをすれば、そうなるのは当然じゃ……」

「い……一体何のことです……?」

 私が当惑しながら、尚もそう尋ねると、和尚は辺りを見回して、私に告げた。

「お前、あの男の首を折って、桶に入れたじゃろ……いくら死人とはいえ、そんなことをすれば、恨まれよう……おお……その足を見よ……!」

 私は、和尚の言うとおり足を見た。

 右足のふくらはぎの所である。その部分の肉がごっそりと抉れていた。

 前方に細く、後方の腱の部分が大きく、抉られていた。

「こ……これは……」

 私が和尚を見ると、和尚は言った。

「両足で無かっただけ、ましと思え……あの男の右手にはお前さんの肉が、左手には桶の縁の木枠の破片が握られておったんじゃ……」

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