黒猫

 猫が塀の上を歩いている。

 しゃなりしゃなりと足音を立てずに……。

 黒猫である。背中の部分が日光を反射して、白く光っている。

 目は黒炭の様に、黒く、輝きを放っており、その中に風景を閉じ込めている。

 私は、その様子をジッと見ていた。

「おい」

 急に野太い声が聞こえてきた。ハテ……一体誰であろうか……。

「俺だよ……お前の目の前にいる……」

 気付くと、猫の方も、私の方をジッと見ていた。視線が絡みつく……。

 猫が喋っている……。

「おう、気付いたな。さて……お前に離したいことがあるんだ」

 猫は、口をもごもごと動かしている。

「な……何ですか……」

 私は若干緊張しながら、問いかけた。

「いや、あんまりジッと見つめるものだから、こちらも安心できなくてね……俺も、これからここで寝ようと思ってるんだが、そう見られては寝付けない。頼むから、他所に行ってくれないかな」

 黒猫はそう言って、ふにゃあと欠伸をした。

 私は、促されるままに、その場から立ち上がった。

「うん……それでいい。ご苦労様……」

 そう言うと、猫は丸くなって眠る体勢に入った。

 その姿はまるで普通の猫のようであった。

 私は、今のは白昼夢だったのかしらんと、首をかしげながら……その場から去ったのであった。

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