ビルに挟まれたその道では、時折強い風が吹く事があった。

 この風というものが、非常にやっかいなものである。ひどいときには、まっすぐ進むことが出来ず、その道を行く人々は道を挟むビルに一時的に避難するほどだ。

 どうやら、この風は吹き下ろすビル風が原因となっているらしいが、詳しいことはよく分かっていない。

 この日も、信じられないほどの向かい風が吹いており、私は正面に進む事すら困難な状態となっていた。私は、この風の中を、亀のようにノロノロと進まざるを得なかった。

 目に粉塵が入らぬように、細め、さらにその前に手をかざしておいた為、前方の風景などは殆ど見えない有様であった。目だけではない。吹きすさぶ風の音のせいで、耳も良く分からなくなっていた。

 この道の先には交差点と、その上に歩道橋があった。これは、交差点に面している、デパートと接続されているのであるが、私はこの歩道橋を、道から直接上がれる階段から利用しようとしていた。

 導かれるが如く……。


 私が、歩道橋の階段に差し掛かった時、なにやら叫び声らしきものが、風の轟音に紛れて聞こえてきた。

 それから、ゴロゴロと、階段から、何かが落ちてきた。

 人である。

 四十頃の男だろうか。

「大丈夫ですか?」

 私は慌てて彼を起こそうとしたが、ぬるりとした感触を手に味わい、それを止めた。

 血であった。頭から出ている。

 どうやら、落ちてきた時に強く打ったらしい。

 私は思わず階段を見た。

 階段の上に、人が立っていた。

 その時風がひときわ強く吹き、私は思わず目をつむった。

 目蓋(まぶた)を開くと、階段の上には誰もいなかった。

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