第48話 清算#1
指揮官であるヒルダの戦死が知らされると、すでに劣勢だった戦線は瓦解した。
連中は投降するか、逃亡するか、抵抗したが、最後は全員が捕らえられ、あるいは斬り伏せられていった。
そうして戦闘が終結しても、シルビアとルドヴィカは通りの端から動けなかった。
ルドヴィカは貧血を起こし、シルビアは痛み止めが切れて、オリビアの言った通りの激痛に襲われていたからだ。
そのオリビアは、今は負傷者の治療に駆り出されていった。シルビアたちを気にかけていた彼女だが、こっちは大丈夫だからと行ってもらった。
「やっと、終わったな」
ルドヴィカは疲れた声で、しかしはっきりとした口調で「えぇ」と返してきた。
その様子に、シルビアも安堵の息をつく。これでもしものことがあったら、2人ともモニカに殺されてしまうところだった。
「1か月、お疲れさん」
「あんたも、この3日はご苦労さん」
互いを労ってから、しばらく沈黙が流れる。
「……あいつは強かった」
ルドヴィカが独り言のように漏らす。
「才能があったわ。あと何年かすれば、確実に大成していたでしょうね」
こうして敵に賛辞を送るのは、彼女にしては珍しい。
「その前に死んだんだから、才能なんざ関係ねぇだろ」
それが気に入らなくて、シルビアは自分でも分かるくらいに不機嫌になる。
「何よ、妬いてんの?」
「妬いてねぇよ」
「妬いてんじゃないのよ」
「だから――」
妬いてねぇ、ムキに反論しようとして、頭に手を乗せられた。
「あんたも十分強いわ」
適当な言葉でないのは分かった。
そのままゆっくりと、ルドヴィカはシルビアの頭を撫でる。
昔、同じことをしてくれたモニカのように慣れた手つきではなかったが、それでも十分すぎるくらい、温かった。
「あいつらが許すなら、あんたに継がせたいくらいよ」
「何を?」
「傭兵団に決まってるでしょうが。リュミエールの不死鳥よ」
聞いた途端、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
ルドヴィカに認められた。
彼女が生涯を捧げると言った、リュミエールの不死鳥の後継者に選ばれた。
昔なら万歳して、夜は興奮して寝つけなかっただろう。
でも、今は違う。
自分にはその資格はない。
最強を継ぐには程遠い。
この3日で、自分がまだまだ未熟だと気づかされた。
ヒルダにはルドヴィカの手を借りなければ勝てなかったし、剣技も敵わなかった。
酒場では冷静さを欠いたせいで、ルドヴィカを死なせかけた。
「……そうなれるように頑張るよ」
だからシルビアは、必死に涙を堪えた。
「はぁ? やけに殊勝ね。あんたらしくもない。もっと喜ぶかと思ったわ」
「らしくねぇのはそっちだろ。跡継ぎなんか考える歳かよ」
ルドヴィカはまだ40歳だ。あと10年は現役でいられるだろう。
「ハッ、まさか。仮の話よ。私はまだ死ぬつもりはないわ」
ヒルダに傭兵を続ける理由を訊かれて、ルドヴィカはとある傭兵団を蘇らせるためだと答えた。
その傭兵団は、リュミエール十二騎士団だという。
「何だよ、十二騎士団って」
「私の父親がやってた傭兵団よ」
ルドヴィカは遠くを見て続ける。
「ヒルダが言ってた通り、当時は大陸最強と言われた。そして消滅した。あんたが生まれるよりずっと前にね。父親は文字通り、戦場じゃ無敵だったわ。だけど……病に
は、勝てなかったのよ」
父親に憧れ、戦場で死ねなかった彼の悔いを見て、ルドヴィカは跡を継いだ。
そして失われた名を復活させようとしている。
だから不死鳥なのだ。
不死鳥は何度でも蘇り、決して滅ぶことがないから。
「……あんたには悪いことしたわね」
突然ルドヴィカが詫びた。
「酒場で、あんたは自分が悪いって言ったけど、やっぱり悪いのは私だって、私自身は思うのよ」
「でも、あたしを追い出さなきゃ、傭兵団は分裂してたんだろ?」
少なくとも、いい影響は与えなかっただろう。
「そう。だから私は傭兵団を取った。あの頃は名が売れ出して、勢いがつきだした時期だったからね。絶対に評判を落としたくなかったのよ。バカよね、不死鳥と付けたのは私なのに、私が一番その意味を理解してなかったんだから」
ルドヴィカはふっと笑った。
「あんたのことだって信じてやれなかった。真実を話したら立ち直れないって勝手に決めつけて、自分への言い訳にしてた」
「信じなかったのはあたしも同じだ」
ルドヴィカの自責に堪えかねて、シルビアは慰める代わりに反論した。
「裏切られたって思いこんで殺そうとしたんだ。今思えば、変なこともあったんだ」
オリビアまで捨てられる理由や、彼女が何とも思っていなかったこと。
捨てられた日に、モニカが言いかけたこと。
「確かにオリビアは、この3年ずっと黙ってた。けど問い詰めれば分かったかもしれねぇんだ」
だが、そうしなかった。
シルビアは、ルドヴィカに裏切られたと思いたかったからだ。
ルドヴィカは、シルビアが立ち直れないと思いたかった。
捨てられたことへの復讐心。
捨てたことへの罪悪感。
お互い抱えたい思いだけを抱え、見たい真実だけを見た。
「シルビア」
ルドヴィカに抱き寄せられる。
「何があろうと、誰が言おうと、あんたとオリビアは、私の娘よ」
ガキの頃、森で迷ったあの日。
シルビアはルドヴィカに怒鳴られ、殴られ、抱きしめられた。
その温もりは今でも覚えている。自分の頬に彼女の涙が流れたことも。
今も彼女は腕は変わらず温かい。
違うのは、頬を流れているのがシルビア自身の涙だということだ。
ルドヴィカは変わっていなかった。
たとえシルビアが恨み、復讐を望み、殺そうとしても、彼女は守ってくれた。
その不変の愛情に、シルビアは泣いた。
ガキのように、甘えて泣いた。
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