第47話 双子は二人だけ#3

 一方、シルビアはどうやってヒルダの不意を突くかを考えていた。

 ヒルダは完全にこっちの動きを呼んで、背中にも目がついているんじゃないかと疑いたくなるくらい、シルビアの存在を察知してくる。


 一撃を与えるには、もっと予想外の場所から攻撃しないとダメだ。


 彼女も思っていないような、常識の範囲外から。



「……ルドヴィカ」


 視線をくれてきたのを視界の端に捉えて、シルビアは続ける。


「3年前、あたしがどうやってグレムントを討ったか見てたか?」


「何よいきなり。当たり前でしょ、今でも覚えてるわ」


 当然とばかりに返ってきた答えに、シルビアは誇らしさと嬉しさを感じた。



「なら、あいつの剣になってくれ」



 ルドヴィカの顔を見ると、彼女は数回瞬きして、ふっと笑った。



「あん時とは状況が違うわよ。出来んの?」



 そう問われ、自信が揺らいだが、不安を振り払う。



 大丈夫。



 きっと出来る。



 自分を信じろ。



 ルドヴィカを信じろ。



 深呼吸して自分にそう言い聞かせたシルビアは、頷いた。


 ルドヴィカが走り出す。


 バカみたいに剣を振り上げて、真正面からヒルダに振り下ろす。


「ハッ、万策尽きたか!」


 ヒルダの声だけが聞こえてくる。


 両手剣が地面に叩きつけられた音がする。


 シルビアは、ルドヴィカの背後から肩当てに手をかけた。


 尻を、背を、足場にして駆け登る。


 ヒルダは素早く周囲に視線を走らせている。またシルビアが、死角から襲ってくると思っているのだろう。


 だが、そうじゃない。


 シルビアは、そこにはいない。


「どこに――」


 ルドヴィカが、シルビアを掴んで押し上げた。


「上か!」


 ヒルダが見上げた直後、シルビアの右手が彼女の顔を鷲掴みにした。

 膝でヒルダを蹴り倒して、馬乗りになる。


 血が弾け、悲鳴が上がる。

 もがくヒルダはシルビアの背中を思い切り蹴りつけた。


 空気が吐き出されたシルビアがよろめいた隙に、ヒルダは何とか立ち上がる。


「貴様ぁ、許さん、許さんぞ!」


 黒髪から血を滴らせながら、ヒルダは猛り叫ぶ。


 剣を構えて、シルビアに斬りかかってくる。

 しかし狙いはでたらめで、シルビアは立っていても掠りもしなかった。


 振り返ったヒルダの瞳は暗闇。

 あの時のグレムントと同じように眼球が破裂して、何も見えていないのだ。


 ヒルダは怒りのままに暴れ回る。

 そんな様子をシルビアの隣で見ていたルドヴィカが、不意によろめいた。


「おい!」


 慌てて支える。

 意識はあるようで、ルドヴィカはすぐに自分の足で立った。


「ちょっと眩暈がしただけよ。私はもう休むから、後はあんたに任せるわ」


 剣を振り回すヒルダは、もはや狂人だ。

 そんな彼女を見るルドヴィカの瞳には、何か複雑な思いが浮かんでいるように、シルビアには見えた。


 ルドヴィカをオリビアに任せて、シルビアはヒルダに向かって歩いていく。


「おい!」


 怒鳴ると、彼女は不気味な人形のような形相で振り返った。


「あたしはここだ! よく狙ってかかってこい!」


 声に、ヒルダは一直線に向かってくる。

 見えていないはずの目が、見えているのではと思うほど、その動きは綺麗だった。



 一閃。


 

 たった一度だけ刃は交わって、雌雄は決した。



 ヒルダの手を離れ宙に舞う剣が、地面に落ちる。



「1つだけ教えてやるよ」



 シルビアはヒルダの首を右手で掴みながら、耳元で言った。



「【魔女】も【聖女】も、この世には2人で十分だ」



 ヒルダは口を動かすが、ただ血を溢し、泡を吹いただけだった。

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