第46話 双子は二人だけ#2
「傷は?」
どんな戦の後でも息一つ乱さなかったルドヴィカだが、今は肩を上下させている。
まだ回復しきっておらず、失った血を取り戻せていないのだろう。さっさと決着をつけないと、貧血を起こして倒れてしまうかもしれない。
「痛み止めを塗ってもらったから平気だ。こっちの様子は?」
「こうやって戦ってると、オリビアの異能がいかに厄介かが分かるわね。いくら斬ってもキリがないわ」
わずかでも出血はしているから、ヒルダも完全な無傷ではない。だからとそれを当てにして戦うのは消極的すぎる。
「あたしの異能なら奴も治せねぇ。そっちで引きつけてくれ。その隙にあたしが
「頼むわよ」
任せろ、なんて余裕ぶった返事はできなかった。
正直、ヒルダを倒せるか分からない。
だが、倒すしかないのだ。
シルビアのためにルドヴィカは来てくれた。
今度こそ、思いに応えたい。
「2人になったところで、状況は変わらんぞ」
ヒルダは今の間に傷を癒し、呼吸も整えていたようだった。
「いや、だいぶ違うぜ」
三者が激突する。
ヒルダとルドヴィカは正面から。
シルビアは側面から。
間合いに入った瞬間、ルドヴィカは両手剣を振り上げる。
いつもより大振りに見えるのは、派手に動いてシルビアの気配を隠すためだろう。
それに紛れて、シルビアはヒルダの背後に回り、肉薄した。
ルドヴィカと刃を交える彼女は、気づいていない!
――もらった!
そのとき、ヒルダと目が合った。
不意に訪れた瞬間に、思わずシルビアは右手を止める。
その隙を突いて、ヒルダの狙いがシルビアに移る。
剣を弾くも体勢を崩されて、咄嗟に追撃に備える。
しかし、ヒルダは仕掛けてこず横に跳んだ。
別の刃がシルビアの目の前に振り下ろされ、風を吹かせる。
ルドヴィカの両手剣が石畳へと叩きつけられる。
「平気?」
「あぁ、悪ぃ」
「一度で仕留められるなら苦労しないわよ」
一呼吸分、シルビアが先に動く。
しかし大柄なルドヴィカの方が歩幅が大きいため、2人の攻撃は同時に行われた。
それが狙いだった。
並みの相手なら先に動いたシルビアに気を取られ、ルドヴィカの餌食になる。
そうではないヒルダは、当然引っかからない。
シルビアの剣を受け流し、ルドヴィカの刃を紙一重で避ける。
鎧の鱗が切り取られ、数枚が宙を舞った。
シルビアは打ち合わずに退く。
ルドヴィカが剣が唸りを上げて、ヒルダの首を狩りにかかる。
思い切り姿勢を低くしたヒルダは、ルドヴィカの足を払う。
そのまま一回転して、再び背後から襲いかかったシルビアの斬撃を防いだ。
「諦めろ。たとえ2人になろうと私には勝てん」
そんなヒルダを押し退けて、シルビアはわずかに下がる。ルドヴィカは斬り込む空間を作るためだ。
息を合わせて斬りかかるも、簡単に凌がれてしまう。
「【炎剣】ルドヴィカ。貴様に訊きたいことがある」
2人を追い払ったヒルダは、疲れを感じさせる声で言った。
「何故、傭兵などやっている?」
シルビアは声には出さず、口だけ「はぁ?」と動かして、隣のルドヴィカを見た。
訊かれた本人は何も言わず、ただ続きを促す。
「今回戦うにあたって、傭兵隊長のお前を調べ上げた。今までの戦歴からして、どこかに高給で仕える話もあっただろう。だが何故か、お前は傭兵であり続けている」
ヒルダが疑問を口にして、初めてシルビアも気づいた。
ルドヴィカが傭兵を続ける理由。
言われてみれば、シルビアは答えを知らない。
息を吸い、飯を食うように、ルドヴィカは戦場に立つのが当たり前だったからだ。
「そうあり続けたいからよ。それが何?」
「別に何も。私の下らん好奇心が満たされるだけだ」
ルドヴィカは鼻を鳴らすと、やがて口を開いた。
「ある傭兵団を蘇らせたいからよ。私はそれに一生をかけてんの」
自分の名を名乗るような、軽やかな口調だった。
「リュミエール十二騎士団か」
――同じ名前だ。
偶然ではないのは分かるが、関係は分からない。
第一、そんな傭兵団は聞いたこともなかった。
「大昔に消えたってのに、よく知ってるわね」
ルドヴィカは素直に感心しているようだった。
「調べ上げたと言っただろう。敵を知り尽くさずに勝利はない。――それよりも」
ヒルダは話を戻す。
「彼らはかつて、この大陸で最強だったと聞いた。本当に、その名声を取り戻せると思っているのか?」
ヒルダは純粋な疑問として、尋ねているように聞こえた。
「そう信じてるわ。あんたがリエトを倒して、祖国を取り戻せると思ってるように」
ルドヴィカが剣を構える。
ヒルダも柄を握り直す。
言葉は必要ない。
後は、どちらかが倒れるまで戦うだけだ。
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